雑食風読書ノート(その14)



合原一幸. (編著). (2008). 社会を変える驚きの数学. ウェッジ.
「数学モデルを作って何をするのでしょうか。まずは、新しく発見された現象を説明しなければなりません。そのために、最初は数学モデルを作って新しい実験事実を再現することを目指します。そしてその後、その数学モデルを使って実験ではやれない状況までもを想定し、その場合に生じるであろう現象を予測します。数学モデルを作ると、すぐには実験できないような広い条件下での数学モデルの振る舞いを調べることができるからです。これが数学モデルを作る大きな意義です。さらにこのニューロンの数学モデルをたくさん組み合わせて、様々なネットワーク(ニューラルネットワーク)を構成しその働きを数学的に解析することができます。このように、実験ではできないことがやれるのです。」(p. 24)

「なんと、蛍も劇場の拍手も工学的な問題(ラジオの同期など)も、数理的に見ると『周期的に振動しているものが相互作用によって周期Tを調節する現象』というものとして同一視できるのです。さらに最近の研究では、相互作用の及ぼし方も数理的には上記の現象間に共通した法則があることが明らかになってきています。その結果、現象の背後には『周期的に振動しているものが相互作用によってリズムを合わせる現象の方程式』というものが存在していて、上記の現象のすべてを(いくつかの)統一的な方程式で表すことができる段階にまで同期の理解は進んでいます。したがって、その方程式のことを理解すれば、一挙にそれらすべての問題の同期の機構が分かることにつながります。これが数理の威力の1つです。」(pp. 205-206)

・・・数学が世界を理解することに役立つ様々な事例に触れることができる。


土井隆義. (2004). 「個性」を煽られる子どもたち:親密圏の変容を考える. 岩波書店.
「人間は、本来的に社会的な存在です。じつは、個性化もまた社会化の産物であり、その様式の一つにすぎません。子どもたちは、『生来的な個性をもった自分』という自意識を、生まれながらに抱いているのではなく、むしろ社会生活のなかで期待され、獲得していくのです。その意味では、いささか逆説めいた言い方になりますが、社会化に対して彼らがリアリティを感じていないのは、内閉的な感受性を強調するようなかたちで、現在の社会化が進んでいるからなのです。現代の子どもたちは、『自分らしさ』の根源を、そのオンリー・ワンの根拠を、自らの内面世界へと探求していくように、ほかならぬ社会から煽られています。皮肉にも、社会化に意義を認めないようなその新たな社会規範に、否応なく拘束され社会化されているのです。」(pp. 38-39)

「いまの若者たちは、自らの個性の発現について、この『無限性の病』にかかっているかのようです。『個性的であること』へと休みなく駆り立てられ、つねに強迫神経症的な不安におののいています。内閉的な個性志向とは、自らの内発性に重きをおく欲望であるはずなのに、その欲望は、内発的な欲求から切り離されて他律化し、社会的に駆動させられているのです。/したがって、『自分らしさ』の実現という目標には、定められた目標を達成できないという欲求不満と違って、最終のゴールがありません。むしろ目標を追いかければ追いかけるほど、そのゴールもさらにレベルアップして無限に後退していきます。こうして個性への欲望を再現なく肥大化させる悪循環のような文化規範のメカニズムが、現在の日本には作動しているのです。/以上のように、若者たちの個性のとらえ方が内閉化してきているとして、では、なぜその一方で、前章で見たように彼らの人間関係は重く感じられるようになっているのでしょうか。」(p. 43)

・・・“現代”に関わり感じるいくつかの論点が関連づけて論じられ、一つの視点を与えてくれる。


小関智弘. (2003). 職人学. 講談社.
「刃物のの切れ味を耳で聞くことのできない若い機械工と、計器と睨めっこはしても、トマトに触ってもみない農村の若者は、なんとよく似ていることか。そしてまた、自分の工場で使うキリンス液をいつも舌で確かめていたメッキ工場の社長と、ヨーロッパの果樹園の土を舐めた‘百姓バッパ’こと吉野せいさんの、なんとよく似ていることか。/感性を豊かにすること。それはものづくりをするための技を身につける第一条件である。感性を豊かにして仕事をするということは、素材、つまりものづくりの対象と親しくなる、ということである。鉄と親しくなると、鉄が硬く冷たいものではなく、鉄はやわらかくて、まるで命を宿したもののごとく身近な存在に変わるのである。/自分の舌を肥やさないで、いい料理が作れるはずもないのと、同じである。」(p. 50)

「真剣に働く者にとって、働くということは常に恥を晒して生きるということである。そういう営みのなかでこそ、ほんとうに学ぶことができるのではないか。自分の恥と向き合うことなしに、働きながら技能を向上させるなんて、絵そらごとではないか、とさえ思うのである。」(p. 86)

「不可能を可能にしたのは知恵である。知識ではない。捨てる部分に絞りを入れるような工夫はどんな本にも書いてないし、大学でも教えてはくれない。それは知識ではなくて知恵だからである。知恵は訓練だけでは得られない。問題に直面している現場に居合わせ、ものを向き合ったときにはじめて湧いてくるのが知恵である。/熟練は器用さとはちがう。手の技プラス知恵で、困難を乗り越える問題解決能力をもっている職人こそ、熟練工というにふさわしい、とわたしは思っている。」(pp. 130-131)


江口武正. (1992). 村の五年生:農村社会科の実践. 国土社.(1956年刊の新装本)
「私たちは、このことについていろいろ考え、話し合った末に、/○生産について/○正しい物の見方、考え方/○自分の頭で物を考え、みんなで力を合わせて現実を一歩一歩改善していこうとする子どもいわゆる実践力のつよい子ども/をつくりあげなければならないということに気づいたのです。[中略]私たちの生産教育(社会科の中の)の方法をたん的にいうならば、『村や子どもたちをとりまく現実的な問題をとりあげ、それをはっきりと見つめさせ、とらえることの中から夢をもたせ、なんとかこの夢を実現していくような心がまえをつくりあげ、実行するように仕向けていこう』ということです。」(pp. 12-14)

「このことを通してつくづくと考えさせられたことは、社会科学習においては、学習の展開途上に出て来る問題を、如何に全体の中に位置づけるか、その問題を教師はどうとらえるかということが、“いきいきとした学習が出来るか出来ないかのかぎの一つがあるんだ”ということであった。」(p. 53)


サイフェ, C. (2009). 異端の数ゼロ:数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念(林大訳). 早川書房.(2003年刊の文庫化)
「アル=フワリズミがインドの数体系について書いていたとき、西洋世界はゼロを採用するにはほど遠かった。東洋の伝統をもつイスラム世界でさえ、アレクサンドロス大王の征服のおかげでアリストテレスの教えに大きく影響されていた。ところが、インドの数学者がはっきり示していたように、ゼロは無を体現するものだった。イスラム教徒がゼロを受け入れるには、アリストテレスを斥けなければならなかった。イスラム教徒はまさにそれをやったのだ。」(pp.102-103)

「ライプニッツは、iは存在と非存在が奇妙に入り交じったものだと考えた。二進法の1(神)と0(無)の中間のようなものだというのだ。ライプニッツはiを精霊になぞらえた。どちらも形がなく、実体があるかないかの存在だ。しかし、ライプニッツさえ、iによってやがてゼロと無限大の関係が明らかになるとは思っていなかった。数学上の二つの重要な展開があってはじめて、その真のつながりが暴かれることになる。」(p. 189)

・・・0は小学校1年生でも習うが、その背後にこのようなドラマがあることはちょっと驚き。


大村はま. (1988). 教室に魅力を. 国土社.
「教室の魅力というものは、全ての生徒がそれぞれに成長している実感、快感から生まれてくると思います。今まで、あまりにも、そういうことが忘れられていて、それで、ぐっと伸ばしてもらうことのできない子どもが、意識するとしないとにかかわらず、非常に、不満だったろうと思います。少なくとも喜びはありませんね。[中略]できない子どもに熱心になると同様の熱意をもって、力のある子どもにむかっていかなければならない。そうしなければ、教室にほんとうの魅力というものは、かえってこないと思います。」(pp. 28-29)

「教室はとにかく、一段一段と力がついていくのでないと、教室と言わないのではないかと私は思います。ほかの生活のどの場所にも、そういう所がないのです。楽しく暮らす場所は、いくらでもありますけれども、ぐんぐんと、学力がついていく場所、それを専門に目ざしている場所が、教室なのです。いかに楽しくても、そういう姿が見られないのは、教室ではない。あるときはもう、つらくって、力のかぎり、ぎりぎりのところまでやっている、力の伸びるのは、そういうぎりぎりまでやっているときと私は思います。[中略]みんなが楽しそうにしているところで、安心するといいますか、指導者が、ホッとしてしまうわけです。そこで腰をおろしてしまわずに手を出します。よくやれましたというところに、とどまらないで、よくやれていたら、『では、こういうことは』ということ−ことばは、このようななまなことばでなく−が出されなければならない。それが、教室の魅力を生むと思うのです。」(pp. 47-49)

「教師は、『やってごらん』という場所ではないからです。それをやらしてしまう場所だからです。『もっとよく読んでみなさい』、『詳しく読んでごらん』、そういう場所ではなくて、ついつい詳しく読んでいた−そういう自覚もないぐらいに−詳しく読む必要があるのでしたら、その場で詳しく読むという経験そのものをさせてしまうところです。『読み方が粗い、まだ詳しく読んでないではないか』、そういうことをいう場所ではない。それでは何にも魅力を生まず、ありがたい場所でもない。それは、おとなに向かって言うことであって、子どもというのは、これからどんなにか成長するのですが、いまは子どもです。ですから、学習そのものを、やらせてしまわないとだめだと思います。」(pp. 59-60)

・・・子どもの成長に力を注ぐということが実感できる。自由にさせることが実は教師の怠慢だとの指摘は耳が痛い。


ベックマン, P. (2006). πの歴史(田尾陽一, 清水韶光訳). ちくま学芸文庫.(1973年刊の文庫化)
「1722年に、日本人の数学者建部は、1024角形を使って、41桁までπの値を見出していた。また、1739年に、松永は、級数を使って50桁まで見出していた。その後、日本人は、ヨーロッパの競争相手よりセンスがよかったようである。なぜなら、彼らは、πを計算する級数の研究の方を続けていき、桁数をますことに無駄な時間を費やさなかったからである。」(p. 173)

「アメリカのある州議会では、宗教的理由のために、聖書の値、π=3を法案として制定しようと考えたという話がある。この話は単なる噂話であることがわかったが、それがこじると、1897年にインディアナの州議会で本当に起こったエピソードほどに大きくなることは大いにありうる。インディアナ州議会はπの値を制定する法案(その値はまちがった値だった)を討議にかけ、満場一致で通してしまった。法案の起草者は円を正方形にすることに成功したと宣言し、これをインディアナ州に限っては誰でも自由に使える贈り物として提供したのだ(他の州の人はもちろん使用料を払わなければいけないのである)。」(p. 288)

・・・小学校でも習う円周率の値。でもπの歴史や求め方は案外知らない人も多いもの。その基本的な理解のための手頃な一冊。


志水宏吉. (2009). 全国学力テスト:その功罪を問う. 岩波書店.
「かつての全国調査で明らかとなったのは、都鄙格差の構造である。要するに、『進んでいる地域』と『進んでいない地域』との生活・教育環境のギャップである。しかし、この五〇年の間に、『進んでいない地域』のキャッチアップが進み、今日ではそうした面での格差は見られなくなった。それと同時に進行したのが、高度経済成長・都市化の波に導かれた、地域・家庭における安定的な生活・教育環境の解体・崩壊のプロセスである。[中略]今日では、安定性が『維持されている地域』とそれが『崩れてきている地域』に分かれているのではないか。前者に生まれ育つ子どもたちは、安定した生活リズムを築き、確かな学習習慣を育みやすい。結果として、点数に現れる学力は向上する。しかしながら、後者に暮らす子どもたちは、しっかりとした基本的生活習慣・学習習慣を形成しにくく、学力の伸長も阻害されがちである。」(pp. 33-34)

「『付加価値方式』とは、イングランドで近年重視されているもので、『学校の力』は『平均点の高さ』だけではなく、『子どもの学力をどれだけ伸ばしたか』で評価されるべきだとする考え方である。[中略]しかしながら、こうした『付加価値』という考え方は日本にはまったく普及していないものであり、今後検討を進めていく余地がある領域だと思う。平均値だけを比べるなら、豊かな家庭の子どもたちが多い学校の方が有利に決まっている。『付加価値』とは『伸び率』のことである。『伸び』を比べるのなら、多くの課題をかかえた家庭の子どもたちが比較的多い学校でも、十分に『勝負』することは可能なのである。」(pp. 49-51)

・・・1960年前後の全国学力調査、英国の状況などを検討しながら、全国調査の可能性をコンパクトに論じている。読みながら、結局は、全国調査の結果を使う側の知恵が試されているのではないかと感じた。


足立恒雄. (2006). フェルマーの大定理:整数論の源流. ちくま学芸文庫.(1996年刊の文庫化)
「[フェルマーが大定理の証明を得ていなかったとする理由として;引用者註]まず第一に、記号法の未発達である。記号があるということは概念が明確に意識されていることを示している。だから記号法が未発達ということは証明にふさわしい概念が整っていないことを意味している。[中略]また、文字指数のないことも大きな障害である。文字指数がなければ、特定の指数について考えなければならなくなるからである。」(pp. 130-131)

「当たり前のことをいうようだが、本来、理論が先にあって問題がひねくりだされるのではなく、区々たる問題があって理論が作られるのである。」(p. 281)

「さらに書き加えるなら、[数学者]フライはこの仕事[フライ曲線の導入とフェルマーの大定理の谷山予想への還元]を除けば、第一級の数学者とまではいえない人だけに、私はこの人の業績に特に焦点を当てたい。フェルマーの大定理を解決する突破口を開いた数学者は、数学の専門家やファンが好んで口にする、いわゆる『天才』ではなかったのだ、ということを書き留めておきたいのである。」(p. 283)

・・・成功しなかった試みからも解決せねばならない問題が明らかにされたり(p. 165)、ある定理の証明に失敗して、その過程を振り返る中で別の定理の証明ができているのに気づいたり(p. 279)、以前に放棄した考え方に欠けていた鍵を発見したり(p. 322)といったことも、数学が生まれる話しとして興味深い。


朽木ゆり子. (2006). フェルメール全点踏破の旅. 集英社新書.
「[ベルリンの]ユダヤ博物館の地下の通路の行き止まりには、『ホロコースト(大量虐殺)・タワー』と名づけられた部屋がある。屈強な守衛が開けてくれる重そうな扉の中に入ると、中は真っ暗。はるか彼方の上空に隙間があり、昼間はそこからほんのわずかに光が差し込んでくるらしいが、私が訪れたのは真冬の夕方で、外はすでに暗く、室内は漆黒の闇だった。隣に人がいるかどうかもわからない。部屋の壁はコンクリートの打ちっ放しらしく、暗く、湿っていて、身震いがするほど寒い。どのくらいそこにいたのだろうか。守衛が扉を開けたので、ようやく部屋から出ることができた。扉は外からしか開けられないらしい。ホロコーストというコンセプトをこうやって展示しているのだ。[中略]美と破壊や略奪は表裏一体だ。リベスキンド[ユダヤ博物館の設計者]の創りだした空間は、過去の記憶を蘇らせ、イラク戦争やパレスチナ問題など進行中の歴史に私たちの目を向けさせる。」(pp. 38-39)


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