数学のコミュニケーション活動における子どもの理解過程に関する研究



早川 英勝


1.研究の動機と目的
 学習におけるコミュニケーション活動が重視されている。中学校数学科においても例外ではない。筆者は、子どもの考えを個別に認め、自由に仲間と交流させる子ども同士のコミュニケーション活動を、授業の中心に据えてきた。コミュニケーション活動によって、子どもの理解が深まると考えていた。「自ら考えた内容が評価されれば、仲間とのコミュニケーション活動があれば、授業は楽しくなる」(金本, 1998, p. 18)と言われるように、数学が楽しいという子どもは増えた。しかし、コミュニケーション活動が本当に子どもの理解の深まりに役立つのかかどうかまでは、捉えてこなかった。

 本研究の目的は、数学のコミュニケーション活動で、どのように子どもの理解が深まっていくのかについて、その理解過程の特徴を明らかにすることで、授業への示唆を得ることである。

2.研究の概要
 第1章では、数学においてコミュニケーション活動が重視されるようになった背景から、その重要性と、本研究の目的が今日的な課題に沿ったものであるということを示した。

 また、算数・数学でのコミュニケーション能力に焦点を当てた研究(金本, 1998)や、コミュニケーション活動における理解過程を記述する枠組みを提案した研究(江森, 2000)について考察した。その結果、コミュニケーション活動における一人の子どもの理解過程に目を向けて、そこでの理解の深まりを捉え、分析・考察を積み重ねていく必要性が示唆された。

 第2章では、数学のコミュニケーション場面において、子どもの理解過程を捉えていくための手だてについて述べた。子どもの組み合わせの面では、子どもと子どもの間に「ずれ」が生じたとき、それを修正する過程で理解の深まりが顕在化する可能性が示唆された。またその「ずれ」は、子どもの題材に対する理解と、その題材の正しい理解との間に「ずれ」があることで生じやすくなることが、認知的葛藤や、ミスコンセプションの研究から示唆された。題材の面では、「教師にとって子どもの理解は見えにくい」(銀林, 1985)がゆえ、題材の理解に伴って子どもから表出される情報の媒体の変化に着目することにした。そのためには、題材の中に理解の深まりに伴って変化するであろう、情報の媒体を含むことが条件となることが示唆された。これらに具体的な題材の理解の深まりに関わる研究から得られた視点を加えることで、理解過程を分析・考察していく枠組みとした。

 具体的には、文字の理解の仕方が異なっており、互いに理解が十分でない2人の子どもが、命題「奇数と奇数の和は偶数となる」の文字式による論証の場面で、コミュニケーション活動を通して適切な証明を完成させていくという題材を扱うこととした。文字の論証の場面では、まず証明の前提となる式表現が必要となるが、理解の仕方が異なっており、互いに理解が十分でない子ども同士には「ずれ」が生じる。それを修正していく中で理解が深まれば、そこでの情報の媒体となる式表現が変化し、適切な式表現での証明にたどり着くと捉えたのである。

 第3章では、第2章で述べた枠組みと具体的な題材を用いた調査の概要について述べた。平成17年12月上旬に、岐阜県の公立中学校3年生を対象に事前調査を行い、調査対象とするペアを決定した。調査の様子をVTRとATRに記録し、それをもとに作成したにプロトコルを分析・考察の対象とすることにした。

 第4章では、調査対象となった2組のペアからそれぞれ一人ずつ子どもを選出し、文字による式表現の変容を捉え、その変容とコミュニケーション活動との関わりに着目して理解過程を分析した。その結果、相手とのコミュニケーション活動の中で、それまで意識していなかったことが意識化されるようになり、理解の深まりに関わっていく特徴が明らかとなった。考察を加えたところ、次のような知見を得るに至った。

 また、今回の具体的な題材とした文字や文字式に関する理解に特化した場合の、次のような知見を得た。  さらに教師の介入について考察を加えた結果、次のような教師の役割に関する知見を得た。

3.今後の課題
 本研究では、数学のコミュニケーション活動全般に関わる知見と共に、扱った題材に特化した知見を得ることができた。今後は他の題材でも研究を進めていくことで、その題材に応じたコミュニケーション活動に関する知見が得られ、授業に役立てることができると考えられる。またそういった知見の積み重ねによって、コミュニケーション活動と子どもの理解の深まりに関わる豊かな知見につながると考えられる。

主な参考・引用文献
江森英世. (2000). 数学的コミュニケーション 参画者の認知過程. 数学教育学論究, 73/74, 27-54.
銀林浩. (1985). 算数・数学における理解. 佐伯 胖(編), 理解とは何か(pp37-61). 東京大学出版.
金本良通. (1998). 数学的コミュニケーション 能力の育成. 明治図書.

指導 布川 和彦


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