この結果を受け,前任校の様子を顧みると,A問題において,計算力は概ね身に付いているが,表現力や読式力は十分に習得できているとは言えなかっ た。そのため,文章題や論証問題など,知識・技能を総合的に活用して解くB問題に対応できる生徒が少なかった。このような姿が顕著に見られた学習場面の一つとして,「文字式による論証」がある。
三輪(1996)は,文字式を思考のための有効な手段と述べている。しかし,筆者の実践を振り返ると,生徒は文字式を用いると思考が進まないとい う現状が見られた。つまり,文字式が生徒にとって有効な道具として受け入れられなかったのである。
この要因は,文字式による表現において,具体的な事象から抽象化への過程に内在する困難性にあると考えられる。このことは,全国調査の結果からも 推察される。
また,文字式による表現を生徒が理解できなければ,読式の抽象化されたものを具体化することもできないだろう。つまり,表現力を高めることは,読 式力の育成にもつながると考えられる。
そこで本研究では,生徒が文字式を思考の有効な手段として利用できるようにするため,文字式利用の表現過程に焦点をあてた論証の授業を構想,実践 する。その上で,文字式による論証の授業についての改善の示唆を得ることを目的とする。
2.研究の概要
第1章では,全国調査と先行研究の検討を行い,文字式による表現の問題点を示した。その結果,問題点が多岐にわたることが見出された(三輪,
1996; 国宗, 1997; 鈴木ら, 1998; 板垣,
1997)。そこで,それらを文字式による論証の問題点との関わりで再考察した。すると,「問題場面の把握」「問題場面の仕組みの理解」「文字式を1つの
数として捉えること」の3点が文字式による表現の問題点として明らかとなった。
さらに,先行研究から,文字式利用の表現過程に関わる3つの問題点を改善し,文字式による論証能力を育んでいくための有効な手立てを探り,授業を構想するための方向性を見出した。
以上から,本実験授業の視点として「問題場面を文字式で表現できるようにする」「結論を意識した式変形ができるようにする」の2点を設定した。
第2章では,第1章で見出された2つの視点から実験授業を具体的に構想し,実験授業の計画を示した。
実験授業を計画するにあたり,三輪(1996),鈴木ら(1998)の示唆から,文字式による論証の単元に入る前に,文字式による表現に特化した 授業を設定することについても述べた。
第3章では,実験授業を用いた調査の目的,方法,概要を示した。調査はN県公立中学校2年生1学級を対象とし,全6時間の授業を行った。学級全体と抽出生徒2組4名の学習過程を,ビデオとICレコーダーで記録し,それを基にプロトコルを作成した。そして,上述した2つの視点から考察していくことを示した。
第4章では,実験授業における,抽出生徒2組4名の学習の思考過程について記述・分析を行った。その分析を基に上述した2つの視点から考察し,以下のような知見が得られた。
○問題場面を文字式で表現できるようにする
3.今後の課題
本研究は三輪(1996)が述べる「表現過程」に焦点をあてることで,生徒が文字式を思考の有効な手段として利用できるようにすることをねらい,一定の成果が見られた。しかし,残る2つの過程(「変形過程」「読式過程」)については,生徒に十分な学習機会を確保することができなかった。そのため,「変形過程」においては,分配法則に基づく式変形について,理解できずに戸惑う抽出生徒の様子が見られた。
今後は,「変形過程」の指導も含め,文字式による論証の授業を構想,実践し,どのような生徒の理解の変容が見られるか検証していく必要があると考えられる。
その際,「変形過程」においては,上述した生徒の実態を踏まえて,面積図を提示するなど丁寧な指導が必要だと考えられる。
指導 布川 和彦