中学校数学における生徒の文字を用いた説明についての研究
−文字式の二面性の理解を視点として−

教科・領域教育専攻自然系コース(数学)

板垣政樹


1. 研究の目的
 筆者は、中学校において文字を用いて数学的事象の一般性を示す授業実践を試みて きた。それは、生徒が文字式の有用性を感得し、数学学習を進める上で価値あること と考えたからである。しかし、文字式の計算力はあるものの、文字を活用して事象を 考察することがうまくできない生徒の実態に直面した。これは、文字の理解において 生徒が困難を感じているのではないかと考えた。
 そこで、文字を用いて数学的事象を説明する場面で、生徒の文字理解の実態とその 困難点を明らかにすることが、本研究の目的である。

2.論文の概要
 第1章では、小・中・高等学校の文字・文字式の役割、および文字式の学習につい ての先行研究を考察した。
 まず、数学的事象を説明したり考察したりする道具としての力を発揮するのは、中 学校の文字式の学習が初発であること、生徒は文字式の使用に消極的傾向を有してい ること、さらに、文字式が思考の有効な道具になっていないという実態に対し、三輪 (1995)が示す、「文字式に表す」「文字式を変形する」「文字式を読む」の3つのス テップのサイクリックな学習展開は、有効であるという示唆を得た。
 次に、若松(1995)と宮崎(1992)から、一般化を図る活動では、生徒は誤った一般化 や不十分な一般化を図ることはあるが、事象の一般性を認知していないわけではな く、文字理解が不十分であるために、文字を用いて一般性を示すことがうまくいかな いという知見を得た。
さらに、国宗らの一連の研究から、文字や文字式の理解を、文字式の基本的な内容 の理解と文字式利用の意義の理解と能力と捉える視点を得た。そして、彼らの設定し た文字式の理解の発達水準とそれに基づく中学生の実態調査から得た示唆は次の2点 である。
 生徒は式をよむ場面において、文字を変数として捉えることが困難であり、特に文 字式を操作として理解し、1つの数としてみることができないことが変数としての理 解を阻害しているということ。文字を変数として理解していくことは、論証能力と並 行して養われていくということ。
 第2章では、Sfardの指摘する数学的概念や学習者の概念形成の操作的側面と構造 的側面の二面性の議論の立場に立脚し、考察を進めた。
 教科書は、小学校段階から文字式を操作と構造の2通りの用い方をしながらも、そ の二面性を明確に記述されているのは中1であった。また、先行研究に見られる中学 生の文字式に関わる誤答も、二面性の理解の不十分さで説明できることを示した。
 次に、文字式の二面性の理解についての先行研究を考察した。横田(1995)からは、 文字の二面性の理解が文字の変数としての理解に有効であること、村田(1995)及び牧 野(1996)からは、文字式の二面性の理解に関わる中学生の実態についての示唆を得 た。さらに、Coady(1995)が大学生の行った調査結果を横田の枠組みで考察した。  この結果、文字を用いた説明の場面において、文字式を1つのまとまった数として 考察する対象と意味づけることと同時に、その対象のもつ構造が文字式によって明示 され、意識されたときに文字式が説明の道具として有効に働くことという構造的見方 の特徴が明らかになった。
 第3章では、中学生が文字を用いて説明する場面において、文字式の二面性の理解 がどのように影響しているかをなっているか2つの調査により明らかにした。
 調査Aでは、立体の求積公式を活用する問題を用いて、その活用の過程と結果か ら、二面性の理解の様相を特徴づけることを目的とした。調査は新潟県内の公立中学 校3年生66名に対して実施し、その結果を解決方法によって分類整理した。さらに、 12名の生徒にはインタビューを実施し、思考の過程を確認した。解決方法による操作 的見方と構造的見方の全体的分析を行った後、個々の解答の分析から次の知見を得 た。

  1. 中学生にとって、操作的見方をすることは容易であり、構造的見方ができる生徒 でも操作的見方を好む。
  2. 一見操作的見方で解決したと考えられる生徒であっても、その解決過程では構造 的見方も働いており、2つの見方の混沌とした様相として3つのパターンがある。
 調査Bは、調査Aの結果と併せて、数学的事象を説明する際にどのように文字を用 いて説明するか、またその時に文字式の二面性の理解がどのように影響を与えている かを、解決過程に即して分析し、その状況を明らかにすることを目的とした。調査A でインタビューをした12名の生徒を対象に、数による考察の後、文字を用いてその性 質を発見し、一般性を説明する調査問題を提示した。インタビュアーの助言を受けな がら解決し、その様子はATRとVTRに記録した。そしてプロトコルを作成し、その分析 から次の知見を得た。
  1. 文字を用いた説明に必要な構造的見方は、高い学力を背景にしているものではな い。
  2. 構造的見方はどのような問題に対しても働くというわけではないが、文字が説明 の道具として機能するためには不可欠なものである。
  3. 構造的見方は式をよむ場面だけではなく、文字を用いて説明する活動の全般に深 い関わりをもっている。
 以上より、文字を用いた説明は、文字のもつ一般性によって事象の一般性を示すこ とであるが、同時に、文字式が考察する対象の構造を写す形で表現されることによっ て、文字式の威力が増す。それを支える能力として不可欠なものが構造的見方である から、生徒の文字理解を豊かにする授業展開が重要である。

3.今後の課題
 残されている課題は次の通りである。

  1. 調査Aで得られた生徒の二面性の理解の様相について、その一般性を高めるとと もに、様相の異なる原因と具体的指導の手だてを明らかにする。
  2. 二面性の理解を考慮に入れたときに、文字式の授業をどのように展開していくか を実践を通して明らかにすること。

指導 布川和彦


修士論文タイトルに戻る