算数の授業における既習事項を生かした課題解決についての研究
−小数のかけ算の授業を事例として−

加藤 正典


1.研究の動機と目的
 筆者の経験の中で、高学年児童の学習意欲や学力の個人差が大きくなること、なかでも、算数科における格差は大きく、苦手意識を示す児童の割合が多いと感じてきた。

 全国学力・学習状況調査の結果から、基本的な知識・技能は身についていても、それを活用することができていないという実態が見られる。

 算数科には、内容の系統性や学習の連続性という特性がある。そこで、学習内容の系統性や連続性を児童に感じさせるような手立てを講じることができれば、既習事項を生かした課題解決が促されると考えられる。児童が既習事項を活用して課題に取り組むことで、自力解決が促進され、児童の算数に対する苦手意識も軽減できるのではないかと考えられる。

 そこで、本研究の目的を次の2点に設定した。

  1. 児童が自力解決できるために、既習事項の活用を促すような授業を構成すること。
  2. 児童の学習過程から、提案した授業構成を考察し、今後の授業改善に向けた示唆を得ること。
2.研究の概要
 第1章では、まず既習事項の活用に関する先行研究について検討した。

 都築(1989)、多田(1989)、長倉(2012)の研究から既習事項を活用することの有効性について述べた。一方、教師が介入しての支援では既習事項を活用することに意識が向かない児童が見られたことも示された。

 そこで、布川(2008)で述べられているように、問題場面の理解を深めることが、既習事項の活用につながることを述べた。問題場面の理解を深めるために、児童自らが問題場面に働きかけることができる手立てが必要であることについて示した。

 さらに、乗法構造についての白石(2006)、佐藤(2008)の研究から比例的推論の発達を促すことで問題場面の理解が深まるという示唆を得た。

 次に、比例的推論を児童が意識化するために有効とされ、問題場面への働きかけとなる数直線についての先行研究である中村(1999)、山本(1995)、白井(1997)から示唆を得た。乗法構造の問題場面において数直線を表象とした比例的推論の発達を促すことは、場面の理解を深めることに有効であるが、児童にとって数直線を慣れ親しんだものにする必要性があることについて述べた。

 第2章では、第1章より得られた知見から、4年時における素地的活動と5年「小数のかけ算」の授業構想を示した。

 素地的活動は、5年「小数のかけ算」において、既習事項と新しい学習との媒介になる比例的推論の発達を促すことをねらいとした。構想の柱として「数直線の見方」「数直線に慣れ親しむ」「中継点を意識した数直線の操作」の3点について示した。

 5年「小数のかけ算」については、素地的活動を土台とし、数直線を取り入れ、児童に生かしてほしい既習事項を明らかにした授業構想を示した。比例的推論を表象する数直線が問題場面への働きかけとなり、既習事項を生かした課題解決が促されることを授業のねらいとした。

 第3章では、第2章で述べた素地的活動と「小数のかけ算」の授業を用いた調査の目的・方法・および実施された授業の概要について示した。

 4年時の素地的活動4時間と同じ児童の5年「小数のかけ算」12時間の全16時間において、ビデオカメラ4台とICレコーダー3台により、教室全体、教師(板書)、2人の抽出児童の学習過程を記録した。収集したデータから授業プロトコルを作成し、「既習事項の活用」を視点に分析、考察をしていくことを示した。

 第4章では、実験授業の中でポイントとなる「素地的活動」「整数×小数の場面」「小数×小数の場面」「純小数をかける場面」「小数倍の場面」を中心に、2人の抽出児童の学習過程の記述、分析を行った。

 抽出児ユアとエナが「既習事項を生かした課題解決ができたか」「既習事項を生かせなかった原因」について、児童の学習過程に基づいて分析を行った。また、既習事項を生かした課題解決がどのように促されていたのかについても考察した。その結果、既習事項を生かした課題解決を促進するための要因として以下の3点が明らかとなった。

  1. 場面への働きかけによる課題の明確化
     児童自らが数直線を使って問題場面に働きかけることによって、最終的な答えだけでなく、その途中に明確な目的を見つけることで課題解決が促進された。

  2. 数直線による場面の理解
     問題文を読むだけでは問題場面が容易に見えてこない児童が見られたが、数直線に問題場面を表すことで場面の理解が促され、課題解決につなげられた。

  3. 比例的推論による数の操作
     素地的活動において培った比例的推論による数の操作が、小数のかけ算と既習事項の整数の計算をつなぐ橋渡しとなった。
 構想された授業を実践した中で、問題場面への働きかけを児童自らが行い、場面の理解が深まる姿が見られた。場面の理解が深まることで、既習事項を生かした課題解決が促進されることが確認されたと言える。

 指導への示唆として、教師側の既習事項に対する考え方の課題が挙げられる。児童が既習事項を不適切に捉えていたことが、課題解決の阻害要因となることが見られた。児童が既習事項を生かすために、既習事項を適切に理解できるような指導を工夫・改善していく教師の姿勢も必要であることが示唆として得られた。

3.今後の課題
 本研究では、乗法構造を含んだ学習である5年「小数のかけ算」を事例として、研究を進めてきた。本実践以降の乗法構造を含んだ学習である「小数のわり算」や「分数の乗除」についての調査は行っていない。もっと長期的に児童の様子を観察することで、既習事項を生かした課題解決につながる活動が見出されると考えられる。

 また、本研究で事例とした乗法構造を含んだ学習では、場面への働きかけとなるものとして、数直線を取り上げた。本事例以外の領域・単元における場面への働きかけとなるものを検討し、既習事項を生かした課題解決につなげることが課題としてあげられる。

指導 布川 和彦


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