中学校数学における意欲を高める支援についての研究



小島 基嗣


1.研究の動機と目的
 授業に対する評価の中で、「よい」「よくない」という発言をよく耳にする。「よい授業」とは、どのような授業であり、どのような支援が必要なのだろうか。これが、筆者の最初の疑問である。

 よい授業について考察された研究の中に、柳瀬(1995)がある。柳瀬は、算数教育におけるよい授業をねらいから四つの視点、内容から十の条件を出している。柳瀬は視点の一端である「情意的な側面から捉えた学力」を「『関心・意欲・態度』にあたり、この関心・意欲・態度は学習の出発点です。これが欠如していると子どもの主体的な学習は成り立ちません」(p.125)としている。そこで、本稿では、「よい授業」を考えていく出発点として、「情意的な側面から捉えた学力」に着目し、子どもの学習意欲を高める支援の一端を明らかにすることを本研究の目的とした。

2. 研究の概要
 第1章では、子どもの学習意欲を高める支援に関する先行研究について調査を行い、学習意欲の向上を目指した授業実践を行ったにも関わらず、学習意欲の向上が見られる子どもと見られない子どもがいるという知見が得られた(吉田, 杜, 2008; 北村, 森田, 松田, 2002; 書上ほか, 1997)。そして、市原, 新井(2006)において、学習者と学習方略のマッチングが存在している可能性が示唆されたことから、「学習者の学習方略に適した教師の指導方略が存在し、それにより学習意欲が変化する」という仮説を立てた。

 第2章では、仮説の調査を進めるにあたり、調査に用いる方略の枠組みと、子どもの学習意欲を捉える枠組みについて示した。その中で、方略に関する枠組みは、梶田, 石田, 宇田(1984)の「個人レベルの学習・指導論(Personal Learning and Teaching Theory)」を、学習意欲を捉える枠組みは、布施, 小平, 安藤(2006)の「積極的授業参加行動」を用いることの妥当性について述べた。

 第3章では,調査計画について示した。「教師が指導を行う上での信念(以下PTT)」を意図的に変容させることにより、特定の「子どもの持つ学習を行う上での信念(以下PLT)」を持つ子どもの積極的授業参加行動がどのように変化するかの調査を行った。調査は、筆者が授業者となり中学校3年生のクラスに7時間行い、子どもの学習過程をビデオで記録し、それを基にプロトコルを作成した。

 第4章では、特徴的な学習が見られたYの学習に着目し、第1時から第3時で梶田, 石田, 宇田(1984)のPLT尺度における指向性・自主性・動作性因子から、YのPLTを特定した。次に、第4時から第7時で梶田、石田、伊藤(1986)のPTT尺度における活動性・ペース・指向性因子から、授業場面毎のPTTを特定し、PLTに適したPTTについての分析・考察を行った。

 第1時から第3時においてYは、学習場面で一貫した行動が見られた。授業の中でYは、周囲の発言や、学習の進捗状況を確認する姿が多く見られたことから、他人の進捗状況などを気にする、他者ペース型の信念であると考えられる。またYは、問題解決場面において、ヒントとなる発言への強い関心や、教師への解法の質問などが多く見られたことから、ヒントなどを参考に、そこから早く解決を得ようとする、他力本願型の信念であると考えられる。さらにYは、問題解決中に声を出したり、視線を色々な方向に向け、気分を変えながら学習を進める姿が多く見られたことから、Yは気分を変えながら学習を行う、活動型の信念であると考えられる。

 以上のことから、Yは梶田, 石田, 宇田(1984)のPLT尺度における指向性・自主性・動作性因子における他者ペース−他力本願−活動型のPLTを持っていることが考えられる。

 次に、授業場面における教師の指導行動の分析を行い、梶田, 石田, 伊藤(1986)のPTT尺度における活動性・ペース・指向性因子がそれぞれ異なる場面を特定した。(表1)

表1 授業場面毎のPTT
授業場面 活動性  ペース 指向性
  @ 思索型  マイペース型  協同型 
  A 思索型 テストペース型  協同型 
  B 実行型 マイペース型 協同型
  C 実行型 テストペース型 協同型

 授業場面@の0.2727・・・の循環小数を分数に直す問題において、教師は考えをまとめながら学習を進めるように促し、自分たちのペースで粘り強く考えるように指示を出した上で、3人1組の班で問題解決を進めるように伝えた。この場面においてYは、最初は班員と意見交換を行っていたが、すぐに視線を周囲の班へと向け、班員の2人が行っている話し合い活動に参加することはなかった。この場面において、Yの積極的授業参加行動が見られなくなったことから、学習意欲は低下していることが考えられる。

 授業場面Cの0.2727・・・の循環小数を分数に直す問題において、考え方をまとめ直すのではなく、今行っている問題が解けるように指示を出し、答えを導くためのヒントを与え、3人1組の班で問題解決を進めるように伝えた。この場面においてYは、視線をヒントに向け、班員との意見交換を行い、その後も継続して班員との話し合い活動を行っていた。この場面において、Yの積極的授業参加行動が見られたことから、学習意欲は高まっていることが考えられる。

 同様の分析・考察を授業場面ABでも行い、その結果、授業場面@ABでは学習意欲の低下が見られ、授業場面Cでは学習意欲の高まりが見られた。ここから、Yは実行-テストペース-協同型のPTTによる指導により学習意欲が高まり、また、思索-テストペース-協同型・思索-マイペース-協同型・実行-マイペース-協同型のPTTで指導を行うことによって、生徒の学習意欲が低下する傾向にあることが見出される。この結果から本研究の仮説が支持されたといえ、教師が子どものPLTに適したPTTを把握し、それに応じた指導を行うことは、子どもの学習意欲を高めるための一つの支援として考えられる。

3. 今後の課題
 本研究の調査は、特定の生徒Yの持つPLTに適したPTTが存在するという示唆を得るものである。しかし、今回の結果がY固有のものである可能性も残っており、また、他のPLTに適したPTTが存在するか否かについての調査も行われていない。このことから、他の生徒の持つPLTに適したPTTについての調査を行い、本論から得られた知見の妥当性を高めていく必要がある。


本文中の循環小数の表記について、傍点の利用を避けて「0.2727・・・」という形に変更しました。(布川)
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