数学の授業における個の学びに関する研究

教科・領域教育専攻自然系コース(数学)

長島富央


1.研究の目的
 教育の基本は個の伸長を図り可能性を伸ばすことである。しかし、実際は授業全体の 成否ということに重きがおかれがちであり、その中での個の存在にまで十分に目が向け られていない現状がある。よって、一斉指導を主な形態とする授業の中で、より個々の 生徒に焦点をあて、個々の生徒がどのように授業に参加し、どのように考えているのか 、その様子を知り学びの過程を明らかにする必要性がある。それは、教師が指導すると いう立場からの画一的になりがちであった一斉指導を、教育本来の姿である、一人ひと りの個が学ぶという指導への変革を促すための一助になると考える。
 以上のことから、本論文では、中学校の通常の数学の授業における個々の生徒の諸活 動に着目し、既有の知識との関連づけという視点で分析することにより、その生徒の学 びがどのように成立していくのかを考察する。さらに、得られた知見をもとに生徒個々 の学びを促進するための指導への示唆を得ることを目的とする。

2.論文の概要
 第1章では、「学び」の意味と個々の生徒の学びを促進すると考えられ、実践されて いる指導について考察した。
 まず「学び」を従来の学習観のような、単なる「新たな知識や技能」の習得というこ とではなく、学習者自身の意志で、あることがらのもつ意味までを含めて理解し活用し ていけるような目的的で能動的な活動と捉えた。
 個の学びから見た従来の指導として、オープンエンドアプローチや多様な考えを生か した指導が挙げられ、これらは個の学びを促進するきわめて有効な方法であると考えら れる。しかし、通常の授業の中で実践するには単元目標を達成しづらいとか教師の指導 技術の問題などがあり、その中で個々の生徒がどのように学んでいるのか、という視点 が欠けていることを指摘した。
 第2章では、「学び」の成立する要因やその契機について認知心理学や構成主義の立 場から考察した。また、実際に授業中に見られた事例について分析した。
 認知心理学や構成主義の立場に基づき、「学びは既有の知識と関連づけることによっ て起こる」と捉えた。また、先行研究における議論の中で学びの機会が存在したことや 学習方略の適切な適用によって学びが成立したという知見より、それらの活動が既有知 識との関連づけを引き起こす1つの契機として取り上げることができる。
 しかし、日本の中学校の授業の中で、個々の学びを保証したいという思いからすると 、それだけでは不十分な面もある。例えば、Lo(1994)らの研究では、議論の中で学ぶ機 会が存在したとしているが、中学校の現状からすると必ずしも議論だけで進まないこと が多いということから、学びの機会というものをもっと広げて捉える必要性がある。 Anthony(1996)の研究は、数学が得意な生徒と、あまりそうではない生徒の2人を抽出し 、それぞれの生徒がとった言動等の特徴の差を捉えて考察しているが、その違いがどの ようにその後の学びに影響を与えるのかという観点では見ていない。
 これらのことから、個々の生徒に起こる活動等の違いが学びの成立にどのように影響 しているのかを探るために、通常、中学校で行われている授業を数時間にわたり調査し 、分析することの必要性を示した。
 第3章では、学びの成立する要因と過程について探るために、調査の分析・考察を行 った。
 公立中学校の3年生2クラスを対象とし「二次方程式」の単元(13時間)について観 察し、授業のすべてをVTRとATRで記録した。各クラスとも抽出生徒2名ずつを選出し、 この生徒達だけを記録するため、別にVTRとATRを1台ずつセットした。そして、その全 活動、及び発話についてすべて記録した。本稿では、2人の学び方の対比が見やすいA 組の方の事例についてプロトコルを作成し分析・考察した。その結果、次のことが明ら かになった。

  1. 「学び」は既有知識との関連によって起こるが、たとえ、その時間の中で関連づけに 失敗し学べなかったとしても、関連づけを図ろうという意図を持って授業に参加してい れば、その後の学びが成立する可能性がある。
     抽出した2人の生徒は、いずれも最初は関連づけがうまくできずに、教師の発問や取 り組んだ問題などにも一見同じような反応を示していた。しかし、1人の生徒がとった 言動等の特徴には次のようなことが挙げられる。
     しかし、他方の生徒 にはそのような言動は見られず、単発的な反応であった。ここで見られたような活動が 関連づけを促す契機となり、最終的に学びが成立したことが示された。
  2. 関連づけを意識することによって、今やっていることを学ぶことができるのだが、そ れとともに、関連づけるべき既有の知識の理解を深める契機ともなり得る。
  3. 教師が関連づけを特別に意識しない授業における、教師の暗示的な発言や指示では、 生徒は関連づけをするのが難しい。
 これらの結果から、次の指導への示唆を得た。 教師には、関連づけに気づかせるこ とと、既有知識との関連づけがうまく図れるようにさせることが望まれる。そのために 、教師は意図的に関連がわかるような発言・指示・板書に心がける。また、時には教師 自らがいくつかの事柄を関連づけることによって学びが成立するような場面を実際に示 していく。
 次に、教師は、生徒に単に解答を発表させるだけでなく、得られた解決方法と既有知 識との関連について、より明示させることによって、そのような価値観や習慣を生徒自 身の中に徐々に形成していくことが大切である。

指導 布川和彦



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