習熟度別少人数指導の基本コースにおける授業改善に関する研究

−中学校2年「確率」単元の授業実践を通して−



中嶋 良子


1.研究の動機と目的
 近年,学力向上対策の一環として少人数による習熟度別指導が導入され,中学校数学科でも習熟が遅い生徒を中心とした基本コースでは,基本的な内容を中心として授業を行い,子どもとの関わりを増やしたり,ドリル的な補充学習などに重点が置かれてきた。

 このような指導は,一定の評価は得ているものの,特に基本コースの生徒は課題解決でつまずくと先へ進まなくなってしまうことがしばしばあり,結果的に学力向上につながっていないのではないかということが指摘されている。 こうした問題に対して,基本コースに対する生徒が能動的に学べるような指導の工夫が必要との意見もあるが,そのためには,必要感を持って基礎を学ぶ場が必要ともされる。必要感を感じさせるための手だての1つとして考えられるのが,数学の授業における現実場面の利用である。

 そこで本研究では,基本コースにおける授業改善の視点として現実場面を取り入れることを取り上げ,数学に距離感を感じている生徒の数学に対するとらえ方を改善する可能性について検討するとともに,そうした学習過程における支援の方法を見いだすことを目的とする。

2.研究の概要
 第1章では,習熟度別少人数指導に関する先行研究からその意義と課題について考察し,生徒と数学との距離を縮めることの必要性を明らかにした。

 第2章では,現実場面を取り入れた授業に関する先行研究を検討し,必要感を持って数学を学ぶことの重要性,現実場面の導入による基本コースでの授業改善の可能性を示した。

 そして,課題解決の過程で,そこに内在する数学を目に見える形で実感できるようにするための有効な方法として,生徒の関心を引き起こす役割を果たせる意外性を利用し,生徒がそれを意識できるような課題提示について検討した。  さらにこれらのことを踏まえて,中学2年「確率」単元について,実験授業の構想を示した。

例えば,意外性を強く意識できるものの一つとしてナンバーズ3という宝くじを取り上げた。通念上平等だと考えられるが,かける数字の選び方によっては当選確率に違いがあるという意外性をもっている。それが確率を求めていく過程で実感でき,また社会で実際に行われているものであることから,実生活との関わりを意識できるという側面も持っている。また,「赤・赤・赤・青・青・緑」の6面のサイコロを2つ同時に投げたとき,最も多い組み合わせが何かという課題では,多くの予想に反し,実際に実験をすると「赤・青」という組み合わせが出てくる。そこに生徒は意外性を感じる。現実の操作によって意外性を感じることができるものであることから,基本コースの生徒にも適切と考えられる。このような点に留意し単元全体を構成した。

 第3章では,実験授業の目的,方法,概要を示した。授業は,平成20年3月,公立中学校2学年の基本コース3クラスに対し,単元「確率」(全8時間予定)で行った。学級全体と抽出生徒(クラスごとに各2名)の学習過程をビデオで記録した。そしてこの記録をもとに学級全体の学習の様子を示した。

 第4章では,実験授業における1人の抽出生徒(直樹:仮名)の学習過程を示し,2章で見いだされた生徒と数学との距離感という観点で分析・考察を行った。その結果,以下のような生徒の姿が見られた。

 自分の予想と実験結果が違ったというギャップから意外性を感じ,それを契機に,なぜそうなるのかという疑問を解明する必要感を伴いながら数学的な処理を施す姿が見られた。そのことが数学的な概念である確率の意味を理解したり,確率の公式の理解を促したりすることにつながり,数学によって事実の裏付けができるという実感を持つことができた。

 また,実社会や身近な生活での営みについて,これまでの経験や思いこみと場合の数を利用した確率との間にギャップがあることに気づき,意外性を感じる姿が見られた。課題解決の過程で確率に対する理解が深められると共に,現実の背景として確率が存在し,活用されていることを実感することができた。さらに,有益な情報が得られたという実感を持てたことで,数学の世界で確率を求めるということに対し,自分にとって有益である,あるいは数学的な処理を信用できると感じることにもつながった。

 一方,実用志向の動機付けにより,必要感を伴った形で確率を求める姿が見られ,このような解決の過程で,確率の求め方など基本的な知識や技能についても身につけることができた。

 このように,疑問を解明できたり有益な情報を得たりするのに有効であるとか,現実の生活につながっているということを実感でき,さらには必要感を伴って学ぶ過程で基本的な知識や技能を身につけることができたことは,基本コースの生徒にとって遠い存在のように感じていた数学を,今までより身近なものと感じ,生活に役立つものという感覚を持った姿であると捉えられる。そしてこのことは,生徒と数学との距離が縮まったということを示唆しているといえる。

 以上のことから,基本コースにおいて現実場面を意識した課題を取り入れ,その解決過程において意外性を契機として,必要感を伴った数学の学習を行うことにより,生徒と数学との距離を縮めることができるということが明らかとなった。そしてそのことが,生徒の数学に対する姿勢を改善させ,結果的に力を向上させることにつながったといえる。

3.今後の課題
 今回の学習の中で,生徒が必要感を抱けない場面があった。その要因を検討し,さらに指導の工夫を行うことが今後の課題である。

4.主な参考文献

指導 布川和彦
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