子どもの認知特性をいかした小学校算数における面積学習とその指導



根本 潤


1.研究の動機と目的
 小学校算数の面積学習を見ていると、子どもたちは間違いの中にも、子どもたちなりにある筋の通った考えを持っていることがある。その例として、「周りの長さが同じなら面積も同じ」(梶, 1983)が挙げられる。細谷(1976)は「子どもたちは、誤答ではあるにせよ、自己の判断の基準となる『ルール』を持っているのである。その『ルール』がまちがっているために、課題の解決は、正答という形ではあらわれない」(p. 143)と述べる。つまり、子どもたちは、ただ漫然と間違いを起こしているのではなく、ある筋の通った考え方を持ち、その上で間違いを起こしていると考えられる。そこで、本研究では子どもたちが持つ、ある筋の通った考え方を認知特性と呼び、着目していくことにした。

 布川(2005)は「子どもの論理に沿いながら理解を変容させていく可能性を探ること」(p. 30)の必要性を述べている。この知見を踏まえるならば、子どもの認知特性に対応した面積学習とその指導が求められる。そこで、子どもの認知特性を明らかにし、それをいかした面積学習やその指導の一端を明らかにすることを本研究の目的とした。

2. 研究の概要
 第1章では、先行研究や全国学力・学習状況別調査を中心とした大規模調査の分析から「求積公式は面積を求めるために必要な数値が示されている場合に利用できる」、「高さは図形の内側にある」という2つの認知特性を特定した。

 第2章では、我が国や諸外国における教師研究について概観した。その中で、熟練教師は授業の中で、子どもたちの認知特性に対応した手立てを講じることが見出された。しかし、熟練教師によって行われる手立ては、佐藤(1990)が「無意識の過程で行われることが多い。」(p. 244)と述べるように、十分に明らかにされてきたわけではない。

 また、これまでにも子どもの認知特性に対する教授法(高垣, 2001; 桑山, 2006)が考えられてきたが、それらの効果は、教授実験の範囲でしか確認されていない。そこで、実際の授業の中で行われる熟練教師による手立てを、子どもの認知特性という観点から分析することで、子どもたちの認知特性をいかした面積学習とその指導についての示唆を得る必要性を述べた。

 第3章では、子どもの認知特性に対応した熟練教師の手立てを明らかにするための調査を計画した。そこでは、調査の目的、方法、概要について示した。調査は、小学校4年生と5年生各1クラスを対象に計27時間行った。教師と子どもたちの学習過程をビデオで記録し、それをもとにプロトコルを作成した。

 第4章では教師の手立て及び、特徴的な学びが見られたリョウジとアオイ、ユキの学習過程について分析・考察を行った。

 4年生では、面積の単位の関係を学習する。その授業の中で、1人の子どもは、「1u=10000?」といった単位の関係を「100p×100p」と求積公式を用いて説明した。しかし、アオイは、求積公式を用いて単位の関係を理解することに困難を示していた。この場面において、アオイは1人の子どもから出された考え方の中に、求積公式がどのように用いられているのかを理解出来なかった。そこから、第1章で挙げた「求積公式は面積を求めるために必要な数値が示されている場合に利用できる」という認知特性が表れていたと捉えられた。ここで、教師は図を用いることで、1人の子どもから出された考え方の中に、求積公式がどのように用いられているのかを明らかにしようとした。しかし、それでもアオイは、この考え方を受け入れられなかった。これに対して、教師は?の単位換算を行う際にも、求積公式を用いることで単位の関係を説明していた。これにより、アオイは徐々に求積公式を用いて、単位の関係を理解するようになっていった。このように、教師は子どもたちの理解の状態に応じて、繰り返し手立てを講じていた。さらに、教師は上で述べたような手立てを講じる中で、教師の責任を徐々に子どもに移譲していった。観察初期の段階では、教師は自らが主導する形で説明をしていた。しかし、観察後半では、自分が説明する機会を減らし、子どもたちに説明させる機会を増やしていった。

 一方、5年生では、高さが底辺の延長上で交わる場合の平行四辺形や三角形の面積の求積について学習する。しかし、第1章で「高さは図形の内側にある」という認知特性が確認されたように、そのような場面で、高さを図形の内側に取ってしまう子どもがいると予想される。そこで、教師は、図形の内側に高さを取ることが出来ないことを先に説明し、その上で底辺の延長上で交わる高さを示していた。しかし、それでも、図形の内側に高さを取ろうとするユキの姿が何度も見られた。教師は、その都度、図形の内側に高さを取ることが出来ないことや、高さが底辺の延長上で交わる場合があることを繰り返し説明していた。そして、ここでも、教師は、自身の責任を徐々に子どもたちに移譲していた。そのような手立てを受けたことにより、ユキは、「高さは図形の内側にある」という認知特性を「高さは底辺の延長上で交わる場合がある」というように修正することが出来ていた。

 以上のことから、子どもの認知特性に対応した教師の手立ての特徴として、@子どもの理解の状態に応じて繰り返し手立てを講じること、そのような手立てを講じる中で、A徐々に教師の責任を子どもに移譲していくことの2点が示された。そして、このような手立てを講じることによって、子どもの認知特性が徐々に修正されていくことが明らかとなった。

3. 今後の課題
 5年生の授業において、ユキは高さが、底辺の延長上で交わる場合がことを徐々に認めるようになっていった。しかし、今度は、直角三角形の高さを見つける場面で、既に高さが示されているにも拘らず、それに気付かずに底辺の延長上で交わる部分に高さを求めてしまっていた。このことから、「高さは、底辺の延長上で交わる場合がある」といったような理解で留まるのではなく、「高さは、底辺に対して垂直な直線の長さである」という高さの定義に至るまで、理解を深めていけることが重要である。今後は、そのような子どもたちの理解を支援する手立てを考える必要がある。


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