子どもの主体的行為の形成にかかわる教師の在り方に関する研究



大久佐政美


1.研究の目的
 教師と子どもの新たな関係を築くためには,固定化した実体論的な見方から自分とのかかわりで見つめ直す関係論的な見方への転換が必要である。つまり,今までのように「指導者(知識を授ける存在)としての教師と被指導者(知識を授けられる存在)としての子ども」といった固定化した実体論的な見方に陥るのではなく,もっと柔軟な関係論的な見方を取り入れる必要がある。子どもは,今まで固定化された実体論の中で,常に見つめられる存在として生きている。そして,リアル(私たちが勝手に操作できない既成の現実)な世界で生き続けることを強要される。子ども本来の「生」の世界の中で立ち上がる「コト」化への関心は薄れ,周囲の全てが「モノ」化のみの世界へと押し込めらる傾向にある。その結果,主体性は削ぎ落とされ,自らの判断で行為しにくい状態である。

 そこで,本論文では,教師がどのような立場に立ち,どのような関係の変容過程を想定していけば,子どもの主体的行為の形成にかかわることができるのかを究明する。

2.本研究の概要
 第1章では,子どもとの新たな関係を築いていくためには,教師の側の見方の変容が求められていることを確認した。そして,変容の姿として自らの〈思い込み〉を反省的・批判的に意識化・対象化して,自らの意志のコントロール下に置いて自己統制・自己規律できる「境界人」という概念を,先行研究から確認した。

 第2章では,そのような精神的に不安定な「境界人」の立場に立つことと教師という専門職としての関係を述べた。即ち,D・ショーンの「反省的実践家」としての教師像を援用した。そして,子どもとのよりよい関係を築くために,「境界人」の立場に立ちつつ,自らの主観を開示し,子どもたちをより教育的価値のある世界へ誘っていく必要があることを述べた。そこでは,教師が,子どもの視点を経由して形成された「意味」を理解しつつ,自らの主観の開示の「意味」を見直し,より価値ある主観を開示する。このようにして,子どもを新しい世界に誘うことを試みる。と同時に,教師もその世界に足を踏み入れ,自らの主体も変容していくことを論じた。

 第3章では,主体的行為の形成の3つの意味を論じた。即ち,自らの価値観や外的行為の意味を,相手の視点を経由して理解しながら,新たな外的行為を形成すること。次に,「境界人」としての立場で振る舞うこと。最後に,目的に向けての使命感があり,「理」に沿った一貫したまとまりのある外的行為であることとした。そして,そのような行為が生まれるための教師のかかわりの在り方は,まず,教師自らが「境界人」としての立場に立ちつつ,自らの主観を開示することである。そして,その主観の開示の「意味」が,子どもにどのように理解されていったのかを考察する。その考察は,子どもの主観の開示や実際の活動に用いた視点を経由することで可能になる。その際,子どもに自らの「理」に沿った一貫した行為を支持し,励ます。それは,子どもに「境界人」の立場に立たせるためである。そして,お互い「境界人」の立場から関係を見直し,価値観の擦り合わせが行われる。その結果,価値観が共有され,主体的行為の形成可能な枠組みが創造されると論じた。

 第4章では,教師自らが「境界人」の立場に立ちつつ主観の開示を行い,子どもへの支援をしつつ価値観が共有されるといった第3章の内容を受けて,子どもの主体的行為の形成への実際の過程を分析・考察した。そのために,学級経営能力の高いと評される教諭の5年生の特定の学級に入り,1学期間の参与観察を行った。そして,教師と子どもとの相互作用により,両者がどう変容してきたのかを分析・考察した。その際に,教師や子どもの授業中の相互作用,放課後や休み時間の立ち話,子どものノート,掃除時間などの様子を記述したフィールドノーツから作成した資料をもとにした。その結果,次のような知見を得た。

  1. 教師が,子どもの主観の開示の意味を受け取り,その意味を子どもが感じ取れるように再度教師の主観を開示する必要があった。

     その際,教師が子どもたちの未来に向けた期待・希望を持ち続けることであった。その上に立ち,子どもが受け取った「意味」を,積極的に,且つ肯定的に解釈していった。子どものほんの僅かな反応を敏感に受け止めて喜びを感じながら,その子どもの行為を目的と関連させて意味づけ,再び開示した。そして,教師が,子どもの外的行為を解釈する自らの枠組みを柔軟に見直していく必要があった。そのような繰り返しの中で,子どもは少しずつ自らの行為の「意味」を,教師の視点を経由して見直した。そして,両者の関係が新しく築かれ,価値観の共有がなされていった。

  2. 子どもを「境界人」の立場に立たせるため,子どもの「理」に沿った一貫したまとまりのある行為を支持し,励ます必要があった。

     その際,教師が考え提案した範疇内での子どもの一貫した行為から,次第に教師の考える範疇を越えた所属集団の価値観を意識した主体者本意の一貫した行為へと向かう支援をしていた。また,その過程で,その行為の裏で機能している〈思い込み〉を反省的・批判的に意識化・対象化し,その行為を意味づける助言をしていた。

  3. 「教師の主観の開示−教師の内省−子どもの主観の開示と及びそのための行為形成の支援」といった一連のサイクルは繰り返されていた。

     その過程の中で,教師の主観の開示や前意識を問う内省や子どもへの支援の質が変容していた。それと同時に,子どもたちも主観の開示,外的行為の回数と質も変容してきていた。

3.今後の課題
   掃除時間などの毎日の繰り返し行われる活動の中での変容を詳細に観察して,学級経営との関係を分析・考察していきたい。また,保育園や幼稚園の経験のない子どもや海外子女,いわゆるニューカマーが,学校文化を受け入れていく過程を究明していきたい。

4.主な参考文献

指導 布川和彦


修士論文タイトルに戻る