子どもの学習過程と数学的価値のかかわりについての研究



大関 聡


1.本研究の目的
 算数においては、個の学習の定着を図るために、ティームティーチングや小集団学習が、有効な指導法として多く取り入れられている。それに伴い、個々の子どもの学習に注意が向けられるようになってきた。

学習者は、自分と切り離して対象そのものを理解できるのではなく、自分の持っている知識とつなげて理解をする(武田, 1998)。そこにかかわってくるものが、数学の学習そのものに対する子どもの考えである。子どもは、数学の学習に対して、自分なりの考えをもち、学習を展開しているのである。

 しかし、実際の学習場面で、数学の学習に対して自分なりの考えを持っている子どもと学習過程について考察したものは、ほとんど見られない。そこで本研究では、算数において何が大切かということを数学的価値とし、数学的価値と学習過程の関連について具体的な事例の分析を通して、検討する。そうすることで、子どもの内面に迫れるものと考えた。

2.研究の概要
 第1章では、学習過程と問題意識のかかわりについて先行研究に基づき検討した。学習者の周りにある情報は、学習者自身の問題意識によって取捨選択されており、それをもとに知識のネットワークが構成されていることを述べた。

 また、他者との関わりの中で学習が進展することから、他者から得られた情報は、意味づけの変容や新たな考えの確立を生み出す可能性をもっていること、学習者は、自分の問題意識に合わせ、他者からの情報も自分にとって必要か否かも含めた解釈によって、取捨選択を行い、新たな情報が取り入れられることを示した。

 第2章では、学習者の問題意識にとって、その必要性があれば、新しい知識や情報が加わるだけでなく、学習者の既有知識の検討(捨てる、修正)が行われること、そして、目的を達成させようとする学習者の問題意識の背景には、算数において何が大切かという数学的価値があることを明らかにした。そして、問題意識と数学的価値とのかかわりの点から、1時間の授業における子どもの学習過程の分析を行った。この分析によって、学習者の数学的価値と学習過程のかかわりを明らかにすることができた反面、数学的価値が学習内容の理解に対して、どのような変容をもたらすかについては、より長期的な観察に基づく分析が必要であることを指摘した。

 第3章では、第2章で明らかになった問題点を踏まえ、長期的に観察する調査の概要を述べた。観察した授業は、5年生の算数「小数のかけ算」の一単元(8時間)である。必要に応じて、インタビューを行った。調査は、一人の児童、瞳を対象とした(瞳:仮名。以下、登場する児童名は仮名)。観察は、VTRを2台使用した。1台は、瞳の学習の様子やノートの記述を中心に撮影した。そして、もう1台は、黒板を中心に撮影し、瞳が何を見て、学習を進めているかを撮影した。また、瞳の数学的価値との比較を行うため、別のクラスの児童、浩介についても同様の方法で、調査を行った。そして、ビデオテープやノート等のコピーをもとに、プロトコールを作成した。そこには、授業中の発話と共に、学習者の発話や、つぶやき、振る舞い、ノートなども合わせて記入した。

 第4章では、データの分析から、まず、算数の学習において図と計算の整合性が大切であるという数学的価値を、瞳がもっていることを明らかにした。そして、瞳の問題意識や問題解決に向けての行為は、数学的価値によって決まることがわかった。

 観察する中で、瞳は、徐々にテープ図を説明の道具として扱えるようになったことが見出された。瞳は、図と計算の整合性が大切であるという数学的価値にあわせ、計算から導き出した答えが、テープ図のどこに当てはまるのかを探そうとした。その積み重ねによって、瞳は、新たなテープ図の見方を獲得し、説明の道具として扱えるようになった。つまり、瞳の数学的価値が、テープ図についての学習を成立させていたことが見出された。また、面積図に対しては、学習経験の積み重ねによって、その都度、数えるという行為をしなくても自明なものとして、扱えるようになった。

 図と計算の整合性が大切であるという数学的価値をもっている学習者は、図と計算の整合性をがとれなくなった時、計算を繰り返しその答えが一致するか否かで答えの整合性を確かめようとするなど、自分の出した答えに、何かしら整合性をもたせようとすることがわかった。また、自分にとって、確証を得た情報でなくても、その情報を取り入れることで、図と計算と整合性が保つ場合、学習者は、それを仮の情報として取り入れることもわかった。

 瞳の数学的価値と他者とのかかわりについても述べた。教師と数学的価値を共有することで、答えを導くだけでなく、筆算の求められる過程をも明らかにすることができた。一方、教師と数学的価値を共有していない浩介は、答えはすぐに出せたものの、答えを出す過程までも明らかにすることはできなかった。浩介の学習と比較しても、数学的価値の共有の重要性が明らかとなった。また、凛(後の席の児童)とのかかわりも同様、数学的価値を共有することで、学習の進展を容易にした。

3.今後の課題
 事例の考察を通して得られたものは、一般性が保証されるものではない。しかし一人の児童、瞳を取り上げることで、瞳のもっている数学的価値に着目し、一人の子どもの学習過程を明らかにすることができた。数学的価値と学習過程のかかわりの複雑な影響を探り出せた。  学習者個々によって、もっている数学的価値は異なる。また、今回取り上げた浩介のように教師との異なる数学的価値をもっている児童に対し、教師はどのようにしてバランスのよい算数学習をアプローチしていけばよいのかを考え、今後、今回の視点をもって、更に他の事例について分析をする必要がある。

4.主な引用・参考文献
武田 忠. (1998). 学ぶ力をうばう教育:考えない学生がなぜ生まれるのか. 新曜社.

指導 布川 和彦


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