数学的シツエーションにおける子どもの問題意識に関する一考察
−教具に焦点を当てて−

教科・領域教育専攻自然系コース(数学)

岡澤 宏


1 研究の目的
 筆者は、中学校の図形の論証の導入で教具を用いた授業実践を行った。その際、子ど もが自ら問題を設定し、解決する場面が見られた。この事実から、教具よる問題設定が 可能ではないかと考えた。
そこで、本論文は、子どもと教具との相互作用から、問題意識の変容を促進するため の教具の特徴を明らかにし、その可能性についての検討を行うことを目的とする。

2 論文の概要
 第1章では、問題設定についての先行研究を概観し、これまでの問題設定が数学的な 発展としての問題づくりに重点が置かれてきたことを指摘した。そして、木暮(1994)、 徐(1996)、松井(1997)の研究により、子どもの問題意識を重視した問題設定の授業を構 成することが重要であるという研究の視点を得た。
 筆者は、子どもが問題意識をもつ対象は、単に与えられた問題ではなく、問題を含む 場面そのものにあると考え、シツエーションからの問題設定の先行研究を考察した。そ の結果、シツエーションに注目することは、子どもの視点に立った問題設定の一つの手 段となると捉えた。

 第2章では、数学的シツエーション及び子どもの問題意識に関する先行研究から、数 学的シツエーションにおける子どもの問題意識の変容について考察した。
 数学的シツエーションは、平林(1975)の研究をもとに、「数学的問題意識を触発する 学習の場」と捉えた。また、清水(1987)の「問題」の機能的概念との捉えから、問題意 識が解決過程において常に変化していくものであるとの知見を得た。さらに、布川 (1995)により、物理的モデルによる得られた情報との観点から、子どもと教具との相互 作用の可能性についての示唆が得られた。
 以上の考察から、具体物としての教具が、数学的シツエーションを構成し、教具との 相互作用から、子どもの問題意識の変容を促進する可能性についての示唆を得た。

 第3章では、数学的シツエーションを構成する教具について考察し、筆者が捉える教 具について明らかにした。
 最初に、操作的活動の意義から、教具全般の先行研究について考察を行った。そして 、子どもの問題意識を触発する教具として、構造器具と問題場面構成器を特定した。先 行研究の教具を用いた実践研究をもとに、教具によって構成されたシツエーションを、 子どもの問題意識の連鎖という視点から考察を行った。
 その結果、筆者が捉える教具は、相互作用という点で、他の教具との違いが明らかと なった。つまり、教具そのものが子どもの理解の対象としての具体物であるとき、子ど もと教具との相互作用が容易となり、問題意識の変容が促進される可能性があることを 指摘した。

 第4章では、子どもにとって理解の対象となる教具を用いた実験授業を行い、教具と の相互作用から、子どもの問題意識がどう変容したのか、その変容過程を分析・考察す ることで教具の特徴を明らかにした。
 調査は、新潟県公立中学校の3年生を対象に行った。実験授業は、2名1組として、 12名の生徒を対象に、計6回実施した。
 教具は、子どもがいつでも操作できる状態にあり、事前操作では自由に操作させる時 間(約5分)を確保した。子どもが教具を操作し、予想を立てたことを実際に調べていく形 で、授業は進められた。授業の様子を2台のVTRと1台のATRを用いて記録し、これらを もとにプロトコルを作成した。
 作成したプロトコルをもとに、典型的な反応が見られた2組の生徒の調査結果を取り 上げ、それをもとに分析・考察を行った。その結果、全ての調査において、子どもは教 具をもとに最後まで探求活動を進めることができていた。
また、教具の操作により、新たな情報を得ることができ、子どもの問題意識の連鎖が見 られた。このことから、具体物そのものが子どもの理解の対象であることが、教具の一 つの特徴であることが示された。
 次に、こうした問題意識の変容に教具が、どのような影響を及ぼしていたについて分 析・考察を行った。その結果、教具の特徴として、さらに、以下の2つの知見を得た。

こうした教具の特徴の他に、子どもの問題意識の変容を促進したものとして、子ども よる作図や教師による介入による効果が認められた。
さらに、教具による問題設定の可能性を示すものとして、教具の操作によって子ども の問題意識の連鎖が見られたばかりでなく、教具の回転の範囲を変えたり、教具を傾け ることによって、新たな数学的内容の発展が示唆された。このことから、新たな問題と しての発展の可能性が見出された。

3 今後の課題
 教具によって構成された数学的シツエーションの特徴を明らかにするために、理解の 対象としての教具を生かす教師の支援のあり方、作図による効果についての考察が残さ れている。 さらに、今回一つの教具を用いた実験授業であったため、得られた知見 をもとに新たな教具を開発し、検証を重ねていく必要がある。

指導 布川和彦


修士論文タイトルに戻る