子どもの理解に基づいた小数のわり算の授業改善に関する研究



白石 信子


1.本研究の目的
 小数のわり算は、学習のつまずきが問題視されている単元のひとつである。毎年実施されている学力調査の結果からも定着の低さが指摘されている。計算方法に焦点が当てられ、意味理解の指導が十分に行われていないことが原因の一つと考察される。そこで、本研究では、「意味の拡張」「数直線」「比例の考え」を視点に実験授業を構成・実施し、その際の子どもの学習過程を質的に分析・考察し、そこから授業改善への示唆を得ることを目的とした。

2.研究の概要
 第1章では、先行研究をもとに小数のわり算を意味理解を伴った学習として成立させるための視点について明らかにした。

 先行研究からは数が拡張されることに伴ってわり算の「意味の拡張」をさせることが必要であること、そして「意味の拡張」を図るための有効な手段として「数直線」が挙げられ、さらに、「数直線」が有効な道具として使用される背景として「比例の考え」に基づく操作が関係していることが示された。

 先行研究から得られた知見より「意味の拡張」「数直線」「比例の考え」を実験授業構想の視点とした上で、子どもの思考に有効に働く数直線の形式、導入、操作方法を検討する必要性を述べた。

 第2章では、「意味の拡張」「数直線」「比例の考え」を視点とした授業構想を示した。「意味の拡張」とはわり算の「1」へのアプローチをこれまでの累加、累減の方法から倍関係を使った方法に拡張することと定義した。そして、授業構想として3つの柱を設定した。

特に、iiでは、先行研究の知見から数直線の有効性を引き出す視点で検討した数直線の形式を決定し「数直線への比例的な見方の操作」と称することを述べた。iiiでは、筆者の問題意識からこれまで立式の根拠として有効であると述べられてきた数直線を筆算場面に持ち込み、筆算操作の意味理解を意図した数直線への比例的な見方の操作を導入することを述べた。

 第3章では、実験授業について詳細を述べた。

 小数のわり算全14時間をビデオカメラ4台とICレコーダ2台により教室全体、教師(板書)、2人の抽出児童の学習過程を、2名それぞれにプロトコルに記述し、小数のわり算の学習と「数直線への比例的な見方の操作」の関わりについて分析を行い、2人の学習過程を比較し「意味の拡張」「数直線」「比例の考え」の視点から考察していくことを示した。

 また第3章では、学級全体の授業の実際を記述し、数直線への比例的な見方の操作が「意味の拡張」を図り、同時に比例の考えを成長させたことや、筆算に意味理解を持ち込んだ操作が可能になったことにより、小数のわり算が意味理解を伴った学習として成立したことを示した。

 第4章では、実験授業における2人の学習過程を第3章で示した方法で記述、分析、考察し、提案した実験授業が小数のわり算の学習に有効なものとして働きかけたという結果を示した。

 2人の学習過程で着目すべき変容が見られたのは第7時「除数が小数になる問題場面」である。奈々子さん(仮名)は、ここまで倍関係を決定する根拠の背景に累加の思考を有しながら整数倍を使用していた。ところが、この場面で累加の思考が根拠として成立しなくなったことで整数倍を根拠として小数倍を取り入れた。累加から倍関係による意味の拡張を可能にした。この学習が「÷純小数」の問題場面では倍関係を直観的に決定し問題解決することを助け、奈々子さんの学習を成立させることができた。

 一方伸二さん(仮名)は、第7時の学習の後半で数直線の操作と筆算の操作との整合を可能にした。この獲得の背景には2量の縦の関係を保った状態による倍関係を用いて数直線を操作する比例の考えの成長があった。第7時の学習は第10時「除数が純小数になる問題場面」で、教室に持ち込まれた操作ではなく試行錯誤しながら独自の操作を完成させるという学習過程に働きかけた。これが、さらに数直線の使用を拡げ、比例の考えを成長させることになった。この学習によって伸二さんはどんな問題場面でも自分の思考を自由に操作できる道具として数直線を持つことを可能にした。そして、小数のわり算を意味を伴った学習として成立させていった。

 第4章では、抽出児童2名の学習の変容に対し、その変容に関わる過去の学習過程に遡ったり、その変容が次の学習にどのように働きかけたりするのかという視点で、第1時から14時までの全学習過程の関係性を細かく考察していった。さらに、2人の変容の違いを比較する形での考察も行った。その考察からは、整数の問題場面の学習が素地となって、除数が小数になる問題場面では、数直線の比例的な見方の操作は、「÷小数」の立式や筆算操作に意味を伴った理解を促すばかりか、道具としての数直線使用の範囲を拡げ、子どもたちの持っている比例の考えを成長させる可能性も含んでいること、その拡がりや成長が小数のわり算の学習をさらに支援していくということを示した。

 しかし、このような学習過程にも乗り越えていかなければならない問題点が存在していた。

 例えば筆者が持ち込んだ数直線への比例的な見方の操作を2人は各々自分の理解に基づいて形式を変容させた。特に、奈々子さんは位置としての見方が確立したときに表現の仕方を変容させた。この変容は子どもたちが自分の理解に応じて道具使用の発展をさせたという捉えもできるが、反面、検討の上導入した数直線の形式には、子どもたちの視点からすればまだ不十分な点が存在していることを示している。第5章では、こういった問題点を子どもの学習過程に基づいた視点から明確に示し、その所在が数直線にあることに着目し、具体的な改善策を提示した。

3.今後の課題
 本研究で提案した実験授業を2人の子どもの学習過程の考察から問題点を探り、その改善策を提案した。この提案を実践し、本研究の視点から再考察を行い、小数のわり算の学習における子どもたちの学びを支援できるよりよい授業構成をしていくことが今後の課題である。

4.主な引用・参考文献
中村享史.(1996).小数の乗法の割合による意味づけ.日本数学教育学会誌,78(10),7-13.

指導 布川 和彦


修士論文タイトルに戻る