数学を好きになってもらうために有効であると考えられる研究の中に,細水(1996)らの研究がある.細水らは,楽しさやよさを味わわせるなど全体指導の工夫を行った結果,「好き」と感じる児童・生徒が増えたと報告している.
しかし,筆者の経験から,工夫された授業が行われても,その授業の面白さを感得できず,そのことでさらに嫌悪感を増す子どもはいると考えられる.これは,指導の目が全体に向けられており,数学嫌いな生徒に向けられていないからではないかと考えられる.そこで,数学嫌いに陥っている生徒を対象に,どのような視点から支援を行うべきなのか,またその支援のあり方はどうあるべきかについて調査を通して明らかにすることを本研究の目的とした.
2.研究の概要
第1章では,数学嫌いに関する北村(2002)らの研究より,数学嫌いになる最大の原因は「できない」という苦手意識であるという知見を得た.またSkemp(1973)らの研究から,できなかったという経験より数学不安が生じ,その不安が理解の困難を引き起こしていることについて示した.加えて,市原・新井(2003)らの研究より,数学嫌いと数学不安に有意な相関関係があることを示した.上述した知見より,数学嫌いに陥っている生徒は数学不安にも陥っている可能性があり,そのため苦手意識を克服するような支援が有効に働かないことについて述べた.そこで,数学嫌いに陥っている生徒に対する支援として,数学不安を低減することに焦点をあてた支援を考えていくこととした.
第2章では,数学不安について考察している鎌田(1983)らの研究より,数学不安の要素や高不安者の特徴について示した.加えて,渡部・佐久間(1998)らの研究より,数学不安を細かく把握する必要性について述べ,そのことから授業中の行動に着目し,数学不安に陥っている生徒が授業中に示す行動を明らかにする必要性についても述べた.
第3章では,第2章で述べた数学不安に陥っている生徒の授業中の行動を明らかにするための調査計画について示した.本調査では,高不安者と低不安者の行動を比較して考察することとしたため,質問紙より高不安者と低不安者を1名ずつ抽出した.調査は,数学Tの授業を対象に行われた.授業の様子をビデオで記録し,それを基にプロトコルを作成した.
第4章では,対象生徒2名の「数学の授業を受けている時」の不安得点に差が生じたことについて,質問紙より2名の特徴を明らかにし,その原因を分析した.その結果,高不安者Snは「テスト」に対して不安を強く感じ,いい点数をとることに固執して授業に臨んでいることが授業中の不安が高い原因として挙げられた.一方,低不安者Dhは徐々にできればいいと大きく構えて,ある程度長期的視野で考えている点が授業中の不安が低い原因として挙げられた.
次に,上述した特徴と合わせて,対象生徒の授業中の行動,特に2名に差が見られたノート記述について考察を行った.その結果,高不安者Snのノート記述に3つの特徴が見られた.
Snは,自分が問題を解く上で必要と捉えた情報をノートに書いていた.しかし,実際に記述された内容は,自力解決に必要な情報とは言い難いものであった.また,教師が生徒に捉えさせたかった内容がSnのノートに書かれていないこともあった.このように,Snが間違った解釈をしてしまった原因に,教師の説明した内容が,問題を解く上でも,単元内容を理解する上でも重要なものだったにも関わらず,その重要性が生徒に伝わりにくかったことが挙げられる.そこで,その重要性が生徒に伝わりやすいような指導へと改善することは,教師が生徒に捉えさせたい内容を生徒自らが捉えられるようになるためには不可欠であり,さらにノートに書かれる内容を変えるために必要である.このように,生徒の捉え方を変容させることは,不安を弱めることに必要であり,結果的に数学嫌いを改善するためにも必要なことである.
3.今後の課題
本調査は,対象生徒が授業中に不安を強く感じる原因とノート記述を照らし合わせて考察を行ってきた.そのため,数学不安に対する間接的な分析となってしまい,直接的なものとはなっていない.
今後は,本調査と同様な信念をもつ生徒の行動を分析し,今回の結果が数学不安に陥っている生徒が授業中に示す行動であることの妥当性について検討していく必要がある.
指導 布川 和彦