子どもどうしのコミュニケーションによる数学の理解の変容についての研究



山本 晋平


1.研究の動機と目的
 今日、中学校数学の授業においてコミュニケーションが多く取り入れられている。筆者も、仲間との関わりを大切にした授業実践を重視してきた。しかし、そのコミュニケーションが、子どもの理解にとって価値あるものとなっているのかということはわからなかった。それと同時に、そのことを確かめる術もなかった。そのため、子どもの理解の様子を知った上で、子どもが喜びを感じ、さらに、理解に変容のみられる質の高いコミュニケーションをさせたいと考えるようになった。これが本研究の動機である。

 本研究は、理解の変容を意味づけやその意味づけを支える根拠の変化として捉え、子どもどうしのコミュニケーションと意味づけやその意味づけを支える根拠の変化の関係を明らかにすることを目的とする。また、明らかとなった知見をもとに、理解に変容の見られる質の高いコミュニケーションを行うための手だてについても考察を行う。

2.研究の概要
 第1章では、先行研究をもとに子どもどうしのコミュニケーションの様相と課題について明らかにした。その結果、理解に変容の見られる質の高いコミュニケーションはなかなか起きないことが明らかとなった。そこで、コミュニケーションの様相と理解の変容の関わりを明らかにすることで質の高いコミュニケーションを行うための手だてを得ようと考えた。また、第1章では意味づけの変化やその意味づけを支える根拠の変化が、理解の変容として捉えられることを述べた。

 第2章では、『ゆれや違和感を感じるが、すぐには解決できない2つ以上の考え』が存在することが理解に変容をもたらすひとつの条件となることを述べた。また、コミュニケーションの様相と理解の変容との関わりをつかむために、意味づけやその意味づけを支える根拠の変化を分析の視点として、その変化のプロセスを探っていくことを述べた。

 第3章では、コミュニケーションの様相と理解の変容の関わりをつかむためのインタビュー調査の概要について述べた。

 第4章では、インタビュー調査の4つのデータについて分析・考察を行った。4つのデータのうち3つは意味づけに変化がみられ、その変化を可能にしたと考えられるコミュニケーションの様相について述べた。具体的に、安田・岡本のデータでは、岡本が安田の根拠を明らかにした発話を受け、安田の既有知識と関わりのある事例や反論を提示する様相が見られた。また、安田は岡本から提示された事例や反論について、自分の根拠としていることと見比べ解釈し、その結果、その事例や反論に即した反応をしていくといった様相が見られた。内山・伊北のデータでは、伊北が内山の提示した「となる計算規則」を納得した上で、その計算規則を説明するため、もしくは確かめを行うために、内山にとって既知の内容で納得できる検討方法を提示する様相が見られた。また、内山は、その提示された検討方法について理解を示し、今まで学習してきたことを利用して伊北とともに検討を行い、その結果をもとに、次の検討に進んだり、間違いに気がついたりする様相が見られた。角田・青井・松山のデータでは、松山と青井が、角田の意見に反論するために、角田の根拠となっている部分の矛盾点について指摘する様相があった。そのとき角田は、松山と青井の指摘に対して、新たな根拠を持ち出し発話するといった様相が見られた。

 一方で、意味づけに変化が見られないと考えられた大倉・原田データでは、インタビュアーや原田が大倉の3+についての認識を捉えていなかったため、先に述べた3つのデータのようなコミュニケーションの様相は見られなかった。

 以上のような分析結果より、コミュニケーションに参加している子どもの意味づけは、意味づけを支えている根拠が吟味されながら変化していくことが考えられた。さらに、そのような過程では、対話者は、「相手の発話した内容を理解し、相手の既有知識と関わりのある事例や検討方法、反論を提示する」様相があり、その事例や検討方法、反論を受ける側は「その事例や検討方法、反論を自分の根拠としていることと見比べ解釈した上で、その事例や検討方法さらには反論に即した反応をしていく」といった様相があることが考えられた。

 このような知見より、コミュニケーションにおいて理解に変容を促すための手だてについて2つの視点から考察を加えた。1つめの視点として、目の前にある子どもどうしのコミュニケーションにおいて会話に進展が見られないとき、「子どもたちの会話の対象となっていることに関連していて、それぞれの意味づけを支えている根拠によって考えられる事例を提示する」、または「会話の中でそれぞれの捉え方を確認する」といったことで会話が進展し根拠の吟味がなされる可能性があると考えた。2つめの視点として、理解に変容の見られるコミュニケーションを行えるようにするためには長期的な展望にたった視点が必要であることを述べた。具体的に「自分の根拠を明らかにした発話をする」、「相手の発話した内容に即した反応をする」といった社会数学的規範が構成されるような指導を繰り返し行っていく必要があると考えた。

3.今後の課題
 今回のデータはインタビュー形式による子どもどうしのコミュニケーションの過程を見てきた。そのため、実際の授業場面での子どもどうしのコミュニケーションの様子についても、今後明らかにしていく必要がある。

 また、それと同時に、今回の研究より得ることのできた手だてを実践し、そのときのコミュニケーションの様相についても分析を行い手だての有効性について検討する必要がある。

主な参考・引用文献
藤井斉亮. (1992). 児童・生徒の文字の理解とミスコンセプションに関するインタビュー調査. 数学教育学論究, 58, 3-27.
三宅なほみ. (1985). 理解におけるインターラクションとは何か. 佐伯胖 (編), 理解とはなにか(pp. 69-98). 東京大学出版会.
布川和彦. (2003a). 算数の授業における個々の子どもの学びの成り立ち. 上越数学教育研究, 18, 11-22.

指導 布川 和彦


修士論文タイトルに戻る