課題研究のご案内

 9月21日(日) 9:30〜12:30

課題研究1 入学者選抜の変容と大学・高校

 ここ10年余の大学進学率の上昇が大学や高校にもたらす影響は,どちらの教育機関にとっても教育の質の維持管理が困難になった問題として論じられてきた。こうした現象の背後にある主要な要因は,大学入学者選抜の変容である。これまで,日本の教育システムにおいては,入学試験による学力選抜が,大学の質の維持のゲートキーパーとして機能し,高校教育においてアカデミックな学力の重視の姿勢を浸透させていた。しかし,大学志願者数と大学入学者数の差が縮小することによって,数字の上で入学競争が緩和したとともに,高等教育政策として多様な選抜方法が進められた結果,入学試験以外に推薦やAOなどが大幅に導入された。
こうした入学者選抜の変容が,高校や大学の教育の質の維持を困難にさせたというわけである。しかし,一般的にいわれる質の維持の困難とは,具体的にはどのような状況を指していうのだろうか。一般的には,学力低下と喧伝されるが,それは,学習する姿勢の変化なのか,学習量の変化なのか,学習内容の変化なのか。
 入学者選抜の変容の実態とそれが高校・大学にもたらしているものとを実証的に検討し,こうした状況が日本の教育システム全体をどのような方向に向けているのかを議論し考察することが,本課題研究の目的である。また,これまで,高校研究は高校のみを,高等教育研究は大学のみを,両者の接続面は入試のみをと,それぞれの研究は別個に行われてきた傾向があるが,入学者選抜をキーワードとして,高校と大学とを接合する分析方法を模索し,研究の新たな領域を拡大することを,もう1つのねらいとする。

報告:
 1.大学入学者選抜の変容 ─入試多様化現象を捉える視点─
    中村 高康(大阪大学)
 2.大学全入時代の高校教育 ─教育課程の特徴と高校生の受験行動・特性─
    山村 滋(大学入試センター)
 3.「大学教育への影響」を測定するということ
   ─高大接続情報と大学生調査データを「接合」する試み─
    木村 拓也(長崎大学)


コメンテーター:荒井克弘(東北大学)

司会:吉田 文(早稲田大学、研究委員会)



課題研究2 新保守主義下の道徳教育―安倍政権・教育再生会議後の道徳教育を考える

 2002年からの「心のノート」の全小中学生への配布,2006年の教育基本法改正における「国を愛する態度」の明記など,21世紀に入り,国民的アイデンティティを醸成すべく新保守主義的な教育改革が加速度的に進められてきた。一方で,安倍首相の辞任を機に,それまで教育再生会議が主張してきた「徳育」の教科化が見送られるなど,一時的ではあるかもしれないがその流れは止まったようにも思える。しかし,他方で教育基本法改正の影響は関係法規や学習指導要領に及び,規範意識を醸成させるための「道徳教育推進教師」や,「毅然とした指導」の必要性が政策的に唱えられてもいる。現在は,今後の道徳教育がどのように推移するかの岐路に立っているとも言えよう。
 このように道徳教育は,教育改革の焦点の一つであり続けているにもかかわらず,実証研究の対象とすることが困難であるためか,教育社会学研究においては十分な検討がなされてこなかった。確かに,道徳教育に関する主張はイデオロギーの差異による対立の様相を呈しやすい面がある。しかし,その差異を前提としつつも,実際にどのような帰結が生じうるかという機能のレベル,および,それぞれの立場に立つ教育政策・実践が人々にいかに支持されうるかという正当化のレベルにおける多様な解釈可能性を検討することによって,イデオロギーの枠を越えた議論も可能になるであろう。現在進められている道徳教育は,子どもたちや社会にどのような影響をもたらすのだろうか,理論的にどのように正当化され,人々にいかに支持(容認)され続けるのであろうか。本課題研究では,国の政策を含めたいくつかの思想的立場から,それらが理想とする社会像およびそのために必要な道徳教育の構想を提示してもらい,それらを機能と正当化可能性の観点から検討する。その上で,今後の道徳教育の趨勢を占い,実証研究も含めた教育社会学研究の課題を模索・共有する契機としたい。

報告:
 1.政治経済パラダイムと道徳教育パラダイムの不幸なシンクロ?
   ─新保守主義とホリズム─
    岩木 秀夫(日本女子大学)
 2.教育政策における道徳教育の理念と方法に関する考察
   ─戦後の道徳教育政策の変遷を踏まえて─
    押谷 由夫(昭和女子大学)
 3.目指すべき規範意識と醸成の方法
    喜入 克(都立高校教師,非学会員)


コメンテーター:玉井康之(北海道教育大学)

司会:新谷周平(千葉大学、研究委員会)




課題研究3 教育とグローバリゼーション:その分析枠組みを問う

 グローバリゼーションという概念は,1990年代以降社会科学で何かを論じようとするとき,欠かせないキーワードになっている。「国内」的な問題として扱われることが多かった教育を論じる際にも,もはやグローバリゼーションを無視することはできないだろう。しかし,人びとがグローバリゼーションという語であらわそうとしていることは多様かつ曖昧であることもまた確かである。ヒト・モノ・財・情報などの国境を越えた大量の移動を指すこともあれば,新自由主義的な世界経済秩序の再編を指すこともあれば,近代的な国民国家の枠組みのゆらぎを指すこともある。にもかかわらず,その多様性や曖昧さを不問にしたまま,グローバリゼーションの重要性が語られることはあまりにも多い。
教育社会学は,グローバリゼーションをどのように把握すべきなのか。そしてグローバリゼーションをめぐる論点はいかに設定され,その分析はいかなる枠組みでなされるべきなのか。本課題研究では,経済的側面,政治的側面,文化的側面など,複数の視角から光を当て,グローバリゼーションの多義性を確認し,その教育へのインパクトを検討する。同時に,教育がグローバリゼーションの進行に果たす役割に注目し,教育とグローバリゼーションの関係を分析するための枠組みをさぐっていきたい。
3人の報告者には,グローバリゼーションの定義と,その定義をふまえた上での問題設定を提示していただく。報告に対するコメントを柱とした議論を通じて,これから教育社会学が扱うべき研究課題を浮き彫りにすることをめざす。また,これまでの「国際(化)」をキーワードとした教育研究との差異を意識しつつ,グローバリゼーションに注目することで教育社会学研究におけるナショナルな思考様式を超えることは可能なのか,検討していきたい。


報告:
 1.グローバル化と教育経済学
    橘木 俊詔(同志社大学,非学会員)
 2.グローバリゼーションと教育 −教育の新しい条件と生政治を巡る攻防−
    越智 康詞(信州大学)
 3.グローバリゼーションと教育 −教育政策と政治のあいだ−
    広田 照幸(日本大学)


コメンテーター:潮木守一(桜美林大学)

司会:木村涼子(大阪大学、研究委員会)