7.学びの軌跡を確認する「教職キャリアファイル」

「教職キャリアファイル」の活用・評価

1 「教職キャリアファイル」活用の流れ

2 活用と評価の実際

 ここでは,教職キャリアファイルを活用しながら,分離方式初等教育実習の中で成長していく実習生Aの姿を省察します。

観察参加実習の一日目の学生A
 まず、教職キャリアファイルの教育実習ルーブリックをもとに、観察参加実習の自己目標を意識している。このときの学生Aの自己目標は、先生方とコミュニケーションを図ること、そして子供一人一人をしっかり把握することの二つである。
 そして、全校児童の前で緊張しながらも明るくインパクトのある自己紹介をする。いよいよ、初めてクラスの子どもたちと対面する。そこでは、子どもたちの興味関心を意識して、さらに詳しい自己紹介と教育実習中の自分の目標などを伝えた。早速、そばで様子を観察したり,朝の会の子どもたちの姿をメモしてファイリングしていた。
 また、この1週間は、教育実習の構えや学校運営・校内研究などについて、さまざまな講義も行われる。教育実習担当教員の先生からは、実習の構えをしっかりもち、その中で の振り返りを大切にしてほしいという説明を受けた。そのときの資料を整理して,教職キャリアファイルのクリアケースに入れた。
 休み時間だけでなく、給食も清掃も子どもとともに行う。帰りの会には、子どもたちの方から積極的に近づいてきてくれることに嬉しさを覚え,そのときの気持ちをファイルの中の記録簿に綴る初日であった。

観察参加実習後の学生A
 観察参加実習を終えて、学生Aが感じたことは、想像を超えた子どもたちの反応や授業づくりおよび教育活動の実態であった。教職キャリアファイルの教育実習ルーブリックをもとに初日に意識していた自己目標以上に課題が見えている。
 自己目標の一つであった子ども一人一人の把握については、名前を覚えること以上に、休み時間と授業中との子どもとのかかわり方の違いを考えるようになっている。
 その結果、教職キャリアファイルに書き込みながら,本実習までの研究期間中にすべきことを意識することができた。それは、子どもへの声かけの仕方や授業における発問についてである。これは、観察参加実習での自らの学習成果の履歴を基に,新たに自己目標を更新している姿と言える。

研究期間における個別指導の際の学生A
 学生Aは、4年生算数科の単元「三角形を作って、調べて、知ろう!」の学習指導案を 作成した。そして、現場経験のある大学教員との個別指導の中で、図形指導の内容や系統性、思考の手立てなどについて質問を受けた。学生Aは、4年生で初めて学ぶ二等辺三角形への子どもたちのつまずきに着目していた。それは、見え方の違いに惑わされずに、二等辺三角形の特性に気づいてほしいという問題意識である。そこでは,子どものつまずきや気づきを促す学習過程に着目しているよさを認めてもらった。しかし、それが3年生や5年生の学びとどうつながり、どのような思考を促すのかが明確ではない。
 ここで、指導内容の系統性や学習指導の手立てが必要なことに気づいたのである。その課題点をもとに、再度、子どもの学びをシミュレーションしながら学習指導案の加筆修正を行い,教職キャリアファイルに綴った。そして、夏休み中に実習校の指導教員の先生のところに教職キャリアファイルごと指導案を持参し、個別に指導を受け、改めて指導案をつくり直したのである。

算数科の大研授業と授業の事後協議会での学生A
 学生Aは実習生6名を代表して、他の5名の実習生だけではなく、実習校全員の先生方に授業公開を行う大研授業を行った。子どもの学ぶ姿や先生方の指導を受け、指導案を何度もつくり直し、教材を作成し、他の実習生とも協議した上で実施した算数の授業である。教職キャリアファイルには,修正し続けた学習指導案が履歴として蓄積されている。
 授業後の事後協議会は、実習生6名が企画運営して、職員朝会の折に先生方に参加をお願いした。そして放課後、司会・記録・授業者と役割を明確にして会場準備し、多くの先生方に参加してもらった。
 まず、授業者の振り返りとして、学生Aは、教育実習ルーブリックの項目を拠り所に,学習の流れがイメージ通りに進んだことをよさとして述べた上で、児童の発言の少なさや子どもの実態から課題が簡単すぎたのではないかという課題点を挙げた。この授業者の振り返りをもとに、実習生同士で、互いに気づいたことをメモし合い,意見交流した。
 そして,実習生の意見交流が一通り終わったころ、先生方から、実習生が気づいていない多様な視点の意見をもらうことができた。正三角形と二等辺三角形を分類する際、見え方の違いに着目するような意図的な手立てが必要であったこと、辺の長さから二つの図形の特性を理解するには、子どもたちが自分の言葉で説明する場が必要であったこと、子どもの思考の流れを意識した二つの活動の順序性の吟味などである。
 その後、指導教員の先生から、教材・教具の作成や準備のよさと、調査した辺の長さのポイントを全体で共有する場が必要だという問題点を指導してもらった。また、教頭先生からは、指導案の読みやすさや二つの算数的活動の変化のよさと、机間指導のあり方や本時のまとめ方の可能性について指導を受けた。
 これらの指導を受け、学生Aは、本実習前の自己目標として,楽しく・わかりやすい算数活動をつくることだけしか着目していなかったことを反省として挙げた。そして,子どもたちの思考のつながりを意識した活動構成や、自分の言葉で思考を整理する場面の必要性などに気づいたのである。
 まさに,ポートフォリオ評価による学習成果を生かし,一般的なスタンダードや確認指標を越え,学生自身が意味あるパフォーマンス評価に変えていったのである。

5 成果と課題

 分離方式初等教育実習の中で,教職キャリアファイルを活用する三者の姿から,次のような成果と課題が挙げられます。

(1) 成果
 学生の成長する姿や各立場から、教職キャリアファイルの効果が伺えます。
 学生は、教職キャリアファイルの教育実習ルーブリックでの課題意識に対して大学側の個別指導を得ながら、学校現場と継続的にかかわることにより、具体的な子どもの姿を基に課題としていた教材研究を行うようになりました。その過程で、授業の構想・展開・評価における様々な課題や、子どもと共に授業を創造することの重要性という、より具体的で高度な課題意識を自覚するようになったのです。
 また、実習校では、教職キャリアファイルに集積された学習指導案や学生の実態を踏まえた指導ができるようになったよさや、教材研究の質的向上が授業場面に生かされていると評価しています。さらに,ポートフォリオを生かした実習生との継続した授業づくりを通して、現場教師自身も授業について再考する場となったという声も挙がっています。
 大学側では、教職キャリアファイルに綴られた教育実習ルーブリックでの学生の教職適性や課題に応じて,教育実践への具体的指導ができるようになった効果が見られました。
 このように、実践的指導力に対する具体的な学習成果が見える教職キャリアファイルを活用することにより、学生の質を問う評価・指導へと、レベルアップしたことが成果であると言えます。

3 課題

 そこから、今後の教職キャリアファイルに対する課題が挙げられます。

■ 学生の姿から,教職キャリアファイル作成の拠り所となる教員養成段階に必要な到達目標及び各科目における確認指標を構築し続けること
■ 大学・地域学校・学生の三者の評価観を具体レベルで一致させ,教育実習などを通して教職キャリアファイルの活用を図ること
■ 学生自ら到達目標や確認指標を拠り所として、教職に対する気付きや自己課題を更新できるポートフォリオ評価と科目との関連を強化すること
■ 教職キャリアファイルをもとに,大学4年間の学習成果を評価・指導に生かしていく体系的なカリキュラムや指導体制を早急に構築すること

 このように教職キャリアファイルは、学生・大学・学校現場に「質保証」などの新たな課題を生成し続ける点においても効果が期待できます。