上越教育大学 教員養成GPプロジェクト

図画工作科・美術科を授業の中心に据えた学びの成り立ちや支援の在り方の研究

取組実績と課題

1.「意味生成表現特論」・「造形表現カリキュラム開発特論」創設の背景

西村俊夫

 「意味生成表現特論」と「造形表現カリキュラム開発特論」という二つの授業科目は、平成12年の上越教育大学のカリキュラム改革に伴って大学院修士課程の学習臨床科目として創設されたものである。学習臨床という新しくつくられたコース・分野の理念に即し、「臨床」という概念を軸とする造形表現にかかわる新しい教育内容の創設を目指したものであるが、同時に既存の教員養成科目の見直しをも目的としてつくられた授業である。既存の授業科目、特に「教科専門」と呼ばれる内容の見直しをすることによって新しい美術教育の姿が見えてくる、と考えたのである。
 図画工作科・美術科における「教科専門」は、長い間、領域・分野の概念、すなわち「絵画」、「彫塑」、「工作」、「デザイン」、「鑑賞」の5領域を軸としてつくられてきた。その領域・分野の概念を大きく変化させたのが昭和52年版に登場した「造形的な遊び(後に「造形遊び」に変更される)」である。「造形的な遊び」は、硬直化した分野・領域概念をとらえ直すことの必要性から生まれたともいえる。その背景について「造形的な遊び」の誕生に大きく関わった西野範夫氏は、「もっとも重要な要素は、当時の教育の状況が、子どもたち一人一人のその子らしい造形表現の在りようを回復する必要性に迫られていたという点である。すなわち、造形美術教育を、子どもたち一人一人が、その本性に根ざした造形表現の活動を楽しみ、その喜びを味わうことができるように改善する必要性があったということである」と語る。つまり「造形遊び」は、絵画や彫刻といった言わば「大人の枠組み」のなかで「上手な作品をつくる」を第一の目標に展開されていた図画工作科の授業にあって、「本来自由であるべき子どもたちの造形活動」を実現するために登場したものである。造形遊びでは、過程での行為の在りようが重要視される。西野氏は「その行為の在りようとは、子どもたちによるとどまることのない意味生成活動に他ならない」と語る。
 以上のような経緯で登場し30年近く経過した「造形遊び」であるが、学校教育現場においてはまだまだ検討課題の多い活動でもある。それは「造形遊び」の概念を規定すること、つまり「造形遊びとは何か」という問いに答えることが簡単ではないということにも起因している。「造形遊び」は内容や方法が固定化されないことが大前提である。「造形遊び」は、教師がそれをどう捉えるか、どう考えるのかによって意味(価値)が決まるとも言えるのである。子どもたちが素材(あるいは他者)と関わり、様々な行為を展開することの中に多層な意味生成が行われるのである。従って、そのつど“かたち”も変わってくる。このような「造形遊び」を確かなものにするためには、大学と学校教育現場との連携による研究活動が不可欠である。
 また、大学での授業の中で、さまざまな他者と関わり合う行為の中に意味が生成する「造形遊び」について考えることは、大学のカリキュラムのあり方を考える上で特別な意味を持つ。「造形遊び」について考えるという授業は、これまでの大学の一般的な授業のように教師が一方的に何かを「教える」という形式ではうまく行かない。授業そのものを学生(受講生)が組み立てるかたちが必要になる。しかも、学生が一方的に行うのではなく、教官と共同作業的に展開されるというかたちがもっとも自然なかたちになる。「意味生成表現特論」と「造形表現カリキュラム開発特論」は、このような方式で学校教育現場と連携して大学のカリキュラムと小学校図画工作のカリキュラムを同時に考えることを目的として創設したのである。