上越教育大学 教員養成GPプロジェクト

図画工作科・美術科を授業の中心に据えた学びの成り立ちや支援の在り方の研究

取組実績と課題

2.「意味生成表現特論」・「造形表現カリキュラム開発特論」における視座

松本健義

1.講義科目構想の視座

 造形表現における学びの過程は、もの、こと(行為、活動、経験、志向 等)、人との相互作用や相互行為を通して、子どもたちが場、状況、作品、行為、出来事等を互いにつくり合うことにより、ものとのあいだに、人とのあいだに、そして、自分自身とのあいだに、関係が重層的につくられていく〈意味生成過程〉である。
 造形表現における学びを〈意味生成過程〉として位置づけることは、作品と表現技術の熟達を学習成果としてみるのではなく、「関係をつくりだす意味作用のいきいきとした過程」、「テクスト(作品)を生み出す生産的活動そのもの」(長田、1997)を問題とすることを意味している。そのため〈意味するもの−意味されるもの〉の連結を緩め、解除し、〈意味されるもの〉自体の可能性を浮上させ、子どもたち自身が意味生成の場を生きる行為の状況と過程をつくり、行為や活動過程を支援する在り方を開発していくことを教育実践の目的として位置づけている。そして、子どもたちが新たに生きる学び、一人ひとりが、自分らしく生き生きと生きる力を保障する教育の実現を目ざしている。
 大学院授業科目「意味生成特論」および「造形表現カリキュラム開発特論」では、造形表現を通して意味を重層的に生成していく子どもの実践過程を、行為がつくる実際の関係に基づいて臨床的にとらえること。場、状況、過程をつくり支える教師の在り方開発し、子どもとともに意味生成の場を生きる臨床的身体をつくることを目的としている。
 本授業では、重層的な〈意味生成過程〉としての学びを、子どもたちの実践の以下の3つの関係が、ともに、そして、互いにつくられていく過程として位置づけている。

  1. 子どもが、もの、こと、人とかかわり合い、もの、こと、人を〈意味するもの(記号、道具、場、状況)〉として、つくり、表し、使うことにより、自分たちのあいだに新たな文化的世界を表現し成りたたせること。
  2. 新たな意味世界が現れ成りたつ表現行為を、つくり合い分かち合う、もの、こと、人の社会的関係を、子どもたちが互いに成りたたせること。
  3. 文化的世界と社会的関係がともに成りたつ場や状況に参加し、自らの身体的な実践を通して感じ、考え、つくり表し合うことで、〈私(自分)〉や〈私たち(自分たち)〉が新たに生きる行為の関係と過程を、〈意味生成〉の歴史的過程として成りたたせること。

 そのため、これまで造形教育の目的や対象に位置づけられてきた造形的知識や技能の形成についても、〔イメージ(意図・目的・計画)→行為(表現・製作)→物の形態的・意味的変容(作品)〕の個人活動モデルではなく、関係論的視点からとらえ直すことになる。
 (ア)物が自分へと働きかける作用や自分が物へと働きかける行為により生じる物からの相互作用と、それによりつくられる再び自分がその物へと働きかける行為の過程と働き。
 (イ)自分や他者の行為により物がそれまで持っていた相互作用性とは異なる〈かたち‐意味〉の働きがつくられていく過程で、その物と他の物との関係がつくり変わり、世界が成りたっていく過程。
  (ウ)世界がつくられ現れていく過程で、自分や他者の行為とその働きがつくり変わり、自他の新たな社会的関係性(identity)や、自他を含む社会文化的な実践共同体(community of practice)が成りたっていく過程。
 造形的な表現活動を通して、子どもたちが自らの生活を、文化的、社会的、歴史的な活動システムとしてつくり変えていく実践の過程は、〈もの、こと、人〉の新たな関係性が生成される「活動が活動をつくる」学び(エンゲストロム、1999)の過程であるといえる。ものを文化的な記号や道具、場や状況としてつくり表す過程は、自分がいま生きている文化的世界、社会的世界、自分の世界(感じ方、考え方、表し方、行い方)が、身体的行為を通した、手触りや息遣いにより編み直されて互いにつくり変わり、〈私〉の世界、〈私たち〉の世界として、他者とのあいだに成りたせていく過程である。子どもたちはこうした造形表現の過程を通して、自分らしく他者とともに生き生きと生きていく関係と過程をつくっていくのである。
 意味の関係的生成の視点により自らの造形活動をふりかえり、子どもたちの学びの過程を構想実践し、意味生成の場をともに生きることを通して、造形表現教育の臨床的過程とそのあり方を明らかにすること、これが本授業科目の視座なのである。

長田謙一、1997、生成する美術へ―〈 美術/教育〉の転回―、上越教育大学美術教育研究誌『美と育』No.3、pp.5-12.