「教育創造」原稿
 

 基礎的・基本的な内容と学習指導の工夫

                     

上越教育大学教授 高田 喜久司

 
 
1. 厳選された内容の理解がポイント
 
 「あまりにも多くのことを教えるな。教えるべきことを徹底的に教えよ」。このスローガンは学習指導上の原則を示すものであり、教育内容の厳選の基本理念を示唆しているといえよう。
 学習指導の目的は、広くまんべんなく、したがって浅い知識を多量に教えることではない。教育内容のなかから、真に基礎・基本となるものを選択し、それにたっぷりと時間をかけて徹底的に理解し定着させることによって、その後の教育内容を発展的に把握させることがむしろ重要なのである。
 このことを端的に言えば、能力の転移が起こるような教育内容を準備することを意味する。少なく学んで多く役立たせるような能力の転移が起こるような教育内容は、基礎的・基本的なもので構成されなければならず、そういう基礎・基本となるような教育内容を選択することが実は教育内容の厳選である。すなわち、教育内容の厳選はいわば、土台にあたるような基礎的・基本的な教育内容を選択することであるが、その教育内容が基礎的・基本的なものであればあるほど、それを学習して得られる成果は他の教育内容を学習するときに転移し、学習がより容易となる。したがって教育内容の厳選は基礎・基本の観点からするならば不可欠な検討事項といえるのである。教育内容を基礎的・基本的なものにせよという方針には、多くの期待がかけられているといっても過言ではない。
 こうしたなか学校週五日制時代の教育内容を検討してきた教育課程審議会は、平成10年7月の答申にあたって「教育課程の基準の改 善のねらい」の四本柱の一つとして、「ゆとりある教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実すること」を提言した。これと同趣旨の文言は、昨年12月に告示された学習指導要領の「総則」の中にもみられる。このため教育界では、基礎・基本の問題をめぐって再びさまざまな論議を呼び起こしているのである。
 しかし、教育内容を精選・重点化あるいは厳選し、基礎的・基本的なものをもって教育課程を編成するという考え方は、昭和33年の学習指導要領の改訂以来今日まで、一貫して要請されてきたことでもある。ではこれまで教育内容の精選の重要性が認められながらなぜ実効をあげ得なかったのであろうか。
 それは従来、教育内容を精選する理念は誰もが理解できるにしても、その実際的で有効な方法論の確立に難点があったことは否定できない。しかしこの度の教課審では各教科等の厳選の視点を例示しつつ、約三割の削減を図った点でこれまでとは異なるのである。
 したがって各教科等について削除、移行統合、集約・統合・重点化、選択して扱う事項など厳選された内容を理解することがまずもって実践上のキーポイントとなろう。
 
2. 「基礎・基本」概念の変遷
 
 では基礎・基本はこれまでどのようにとらえられてきたのであろうか。その変遷を素描することは基礎・基本の特質を知るうえで有効であろう。
 
(1)「基礎・基本」用語の登場
 
 「基礎・基本」あるいは「基礎的・基本的な内容」という連句が教育用語として初めて用いられるようになったのは、比較的最近のことである。それまでは、「基礎」と「基本」を語義的に区別する論議が相対的に盛んであった。
 この用語が連句としてクローズアップされたのは、昭和51年12月の教育課程審議会の答申においてであったとする見解が通説となっているように思われる。
 この答申において具体的には、改善方針は三点にわたって示されたが、そのうちの3として「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行なわれるようにすること」とうたわれた。
 答申での「基礎・基本」の特質はまず、「国民として必要とされる内容」と規定されていることである。つぎに、これら「基礎・基本」との関連で「個性」概念が用いられている点になによりも留意しなければならない。 すなわち、教育課程の編成方針は、小・中・高の教育を一貫したものとしてとらえ、小・中学校については基礎的・基本的な内容を共通に履修させ、高校では個人の能力・適性等に応じて適切な内容を選択履修させるという構成となっているからである。この構成において「共通履修対選択履修」の二元論的な考え方が読み取れよう。
 
(2)「基礎・基本」の質的変化
 
 昭和51年の答申以後、「基礎・基本」の用語は一貫して用いられてきていることを確認しておかなければならない。
 昭和58年、中央教育審議会は「審議経過報告」を発表した。このなかで、社会の変化に対応し、児童生徒の心身の発達状況を考慮して学校改善を図るに当たって、今後重視すべき視点として、「自己教育力」の育成等と並んで、「基礎・基本の徹底」が指摘されている。しかし、基礎・基本の質的内容には大きな変化がみられる。
 従来の基礎・基本は主として教育内容や指導事項に向けられていたが、この報告では、「人間形成の基礎」という表現が前面に出てきたことが特筆される。
 「基礎・基本の徹底」は、「知・徳・体の調和ある人間形成」をめざし、その基礎・基本を明確にすることが強調されたのである。これは、教育荒廃にみられる人間形成の基礎をおびやかす教育状況や、その基礎を培うことを欠如させる社会的状況への認識があったと考えられよう。  
 そして、基礎・基本は、「確実な修得」と必然的な関連を持っていると同時に、それが国民として必要な内容と関連して、「共通な修得」も求められているのである。この観点から生ずる学校教育の画一性・硬直性を克服するため、「一人ひとりの能力・適性・興味・関心等に応じた教育」が強調された。
 しかし、基礎・基本の確実で共通な修得と個性重視の教育との関係についてはほとんど論究されていない。 
 
(3)「基礎・基本」と「個性」との一体化
 
 個性重視の教育は臨時教育審議会の答申を契機として一層拍車がかかる。第一次答申では、「基礎・基本の重視」を掲げ、さらに最終答申(昭和62年8月)では教育改革の最重 点として示した「個性重視の原則」のなかで、「豊かで、多様な個性は『基礎・基本』の土台の上に築き上げられるものである」と述べられている。
 この答申で、基礎・基本を培った上で個性の育成が考えられている、という図式がみられるのである。この図式はこれまでと同様、いわゆる「基礎・基本対個性」といった二元論的な考え方に彩られている。       戦後教育の総決算といわれた臨教審答申後、これからの社会の変化とそれに伴う子どもの生活や意識の変容に配慮しつつ、教育課程審議会は、昭和62年、「改善のねらい」として4点を掲げた。
 その項目3に、「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図ること」と示されている。ここに至って、基礎的・基本的な内容を児童生徒一人ひとりに身につけさせることと、個性を生かす教育が明確に一体化されるのである。           
 現行学習指導要領では、周知のように、基礎・基本を一定の知識・技能を共通的に身につけさせることを重視する考え方を改めている。そして、これからの教育においては子どもたちが主体的に生きていくために必要な豊かな心と個性の育成をめざし、豊かに生きる力としての資質や能力を「基礎・基本」ととらえる見解を示したことは一体化論を確証するものである。
 
(4)教課審答申と「基礎・基本」の内実
 
 この一体化論は、第15期中教審や今回の教課審答申、さらに告示された学習指導要領に踏襲されているのである。では、ここで今日的な基礎・基本に関する現状をとらえてみることにしよう。
 教課審の答申(平成10年7月)では、教育 課程の改善にあたっての「基本的な考え方」のなかで「完全学校週五日制下の教育内容の在り方」と「教育内容の厳選と基礎・基本の徹底」のなかで次のような提言がみられる。
@ 教育は学校教育のみで完結するのではなく、学校教育では生涯学習の基礎となる力を育成することが重要である。
A 教育内容を基礎的・基本的なものに厳選し、そうした内容については、子どもたちの以後の学習を支障なく進めるためにも繰り返し学習させるなどして、確実に習得させなければならない。       
 さらに、この答申では、教育課程改善のねらい4項目のうち第3番目に「ゆとりある教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実すること」について述べており、その中で次のことを指摘している。
@ 時間的にも、精神的にもゆとりのある教育活動が展開される中で、厳選された基礎的・基本的な内容を子どもがじっくりと学習し、その確実な定着を図るとともに学ぶことの楽しさや成就感を味わうことができるようにする。
A 個人として、また国家・社会の一員として望ましい人間形成を図る上で必要な基礎的・基本的な内容を明確にする。特に義務教育においては、共通に学習すべき内容は社会生活を営む上で真に必要な内容に厳選する必要がある。 
 これらの変遷を素描して「基礎・基本」概念は広範かつ多様であることがわかろう。
 
3. 「基礎・基本」の特質
 
 これからは「基礎・基本」を中心とした学校教育のあり方が求められていくことは明らかである。それでは、基礎・基本はどのような特質をもつのであろうか、その若干を列挙してみよう。
 
(1)基礎・基本は人間形成に資する
 
 基礎・基本は単に知識や技能の次元にとどまるものではない。それは「人間形成の基礎・基本」といえるものであり、生きる力の土台となるものである。今日、基礎・基本を学校で学び、それを土台にして生涯にわたって創造的で主体的に「生きる力」を高めていくことが期待されよう。
 生涯学習の基礎となる力や自己教育力、望ましい人間形成を図る上で必要な基礎・基本である。自ら学ぶ力、人とのかかわりあいで学び合っていく力、学習のし方、基本的な生活習慣、思考力・判断力・創造力や関心・意欲などを培うことなど、子どもが豊かに活動していくためのエネルギー源となる力が具体的な様相としてあげられよう。したがって、基礎・基本は、従来の読・書・算という理解のし方だけでは、これからの教育的状況に対応できず、さらに新たな内容も考えられなければならない。
 新たな内容はまず、情報化への対応としての基礎・基本である。いまや、高度情報化社会を主体的に生きぬく子どもを育てることが肝要であり、情報を主体的に創造したり、選択するコンピュータリテラシー、情報活用能力が新しい基礎・基本となろう。つぎに、国際化への対応としての基礎・基本が考えられる。国際理解を深め、外国の子どもたちと共存しても違和感を感じさせない国際人としての自覚をもたらす基礎・基本である。
 
(2)基礎・基本は転移性に富む
 
 基礎・基本は応用、発展の土台として考えられる。学校はすべての知識・技能を教えるところではない。基礎・基本にあたる、ある限られた範囲の教育内容を体得させ得るにすぎない。そのため、転移性・応用性のある基礎・基本が大切である。
 子どもがある教科で身につけた内容を他教科の学習場面で生かしたり、活用したりする教科間の関連も重要な視点となるであろう。
 
(3)基礎・基本は情意的なものを含む
 
 一般に、基礎・基本は知識・技能のスキル的なものと考えられがちである。基礎・基本のなかには知識、理解の認知的なものとともに、関心・意欲・態度といった情意的なものもその対象として含まれる。たとえば社会の目標「社会生活についての理解を図り、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て、・・公民的資質の基礎を養う」に象徴されるように各教科の目標には情意的な面が強調されているのである。  
 関心・態度は、知的側面よりも感情や意志などの情意的な側面にかかわるものであり、知識や技能よりもむしろ大切にしたい。知識・技能を生みだしたり、その裏づけとしての働きをする情意は、基礎・基本として重要だからである。
 
4. 「学習指導工夫」の基本的観点
 
 基礎・基本の確実な定着を図る各学校の対応課題としては全教職員の共通理解をいかに図るかに求められる。その際、すでに触れた厳選による「改善点」の理解や「基礎・基本」の概念・特質を視野に入れつつ校内研修や自己研修によってまず、理論的基盤を構築することである。
 こうした前提から学習指導の展開を具体的に工夫していくことが大切である。それは子どもの主体的・問題解決的な活動、さらには学び方を重視した学習活動によって、子ども一人ひとりがよさを発揮しながら基礎・基本を確実に身につけ、楽しさや充実感を味わえるように配慮しなければならない。そのプロセスで子どもの個性を生かす教育も可能となろう。学習指導工夫の基本的観点を示せばつぎのようである。
 
(1)「徹底性への勇気」という観点
 
 教師の構えとしてまず、網羅主義の立場にたつのではなく、子どもの実態を考慮しつつ徹底的に体得させるべき基礎・基本と、そうでない事項と、本末軽重を区別できることが重要である。
 つぎに基礎・基本定着の成否は、かつて範例学習方式で強調された子どもの生きる力と無関係な内容であるならばその脱落を恐れるなという「すき間への勇気」、逆に生きる力に重要な意味がある基礎・基本については徹底的に学ばせるという「徹底性への勇気」というスローガンを実質化できるかどうかに依存することを銘記すべきであろう。
 
(2)「学び方学習」重視の観点
 
 生涯学習社会や高度情報通信社会の中にあって学校で学ぶ知識・技術の陳腐化の度合いが大きいことを考えるとき、子どもに「学び方」を教えることはきわめて重要である。これまでの学校は知識を増やすことに熱心で、学習の方法を学習させることには難点があった。 見学や調査、観察や体験、さらに表現活動の一層の展開が求められる今、「方法知」の体得は不可避である。しかしどのように学習したらよいのか、その方法を教えてくれる教師は意外に少ない。「学習のし方がわからない」という悲痛な子どもの叫び声に、いまこそ教師は応えてやらなければならない。教師はなによりも「学び方」を教えてやるプロでなければならないと考えるからである。
 
(3)「問題解決的学習」重視の観点
 
 教育課程の改善によって改めて、問題解決的学習の重要性が強調されている。子どもの発する問いや疑問が、主体的な学習展開や問題解決能力を保証してくれるからであろう。しかし問題解決学習も時代とともに変化し多様である。
 ここでは今日的な問題解決学習の様相として、@子どもは問うことを忘れ、また教師も子どもの問いを育てる姿勢が弱いことを憂慮した「問題発見型問題解決学習」、A子どものみずみずしい感性や願いを問題解決のエネルギーと措定した「感性型問題解決学習」、B学習意欲を高めることを願い、活動や体験を導入した「ポピュラー型問題解決学習」、C単に知識・技能を体得するだけでなく、支持すべき価値や立場を究明し、両者を統合し関連づけながら意思決定を行い、社会生活に意欲的に参加していくことを期待する「参加・意思決定型問題解決学習」の四点を列挙しておくにとどめたい。
 
 
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