研究の背景

星間物質と星の形成

星間物質はその名の示す通り、星と星の間の空間にある物質です。水素を主成分とするガスと、1万分の1から1000分の1mm程度の大きさを持つ小さな固体の星間塵を含んでいます。

星間物質の一つである分子雲は、主成分である水素が分子として存在し、1立方cmあたり100個程度の水素分子を含んだ比較的密度の高いガス雲で、水素分子のほかに一酸化炭素分子などさまざまな分子を含んでいます。その温度は〜10K(〜-263℃)と非常に低いために可視光では光ることができませんが、分子雲中に存在するさまざまな分子の放射する輝線を電波の波長域で観測することができます。このような分子雲は、星の誕生の現場であり材料であることがわかっています。 分子雲には、太陽の10万倍もの質量と100光年ににも及ぶサイズを持つ巨大分子雲(Giant Molecular Clouds; GMC)と呼ばれるものがすが、特に太陽の10倍もの質量を持つような大質量星は、この巨大分子雲の中で誕生します。巨大分子雲は星間塵を含んだ分子ガスの塊ですが、薄い水素原子ガスが集まって形成されると考えられています。

分子ガスは希薄な水素の原子同士が衝突することでつくられます。宇宙空間は非常に希薄なので、衝突の頻度は非常に低くなっていますが、星間塵の表面では原子同士が衝突しやすくなり、分子の形成が起こりやすくなります。星間塵の温度が違うと、衝突のしやすさに影響すると考えられており、特に温度の低い星間塵はこのプロセスに密接に関連していると考えられています。これまで、このような「冷たい塵」が銀河の中でどのように分布し、その温度は場所によってどのように変化するのかというような情報は、よくわかっていませんでした。さらに、このようにしてつくられた分子ガス雲は星ができる直接の材料となるものであり、これらが銀河のどこにどれくらい分布しているのか、どのくらいの割合でつくられているのかを知ることは、星がどのようにつくられていくのかかを理解する上でとても重要な情報となります。これらの塵や分子ガス雲の情報を、分子ガス雲の基本的な単位ともいえる巨大分子雲のスケールで得られれば、銀河の中で希薄なガスから分子ガス形成、さらに星形成がどのように進行していくかという現代天文学の大問題を解明する重要な手がかりとなると考えられます。

さんかく座銀河 M33

今回の観測のターゲットであるさんかく座銀河M33は、天の川銀河からの距離はアンドロメダ銀河に次いで近い、いわば「お隣さん」の銀河です。その距離は約270万光年と非常に近距離にあり、しかも、ほぼ正面を向いているため、銀河の渦巻き構造などを見渡すことができ、分子雲などの星間物質を、精密に詳しく調べるのに最適な銀河です。しかし、その一方で、非常に近距離にあるということは、見かけのサイズが非常に大きくなることも意味します。実際、M33の見かけのサイズは満月約2個に相当しています。そのため、これまでの電波観測では、高い精度で巨大分子雲などの細かい構造を分解しつつその全体像を把握することが困難でした。

すばる望遠鏡による M33 の可視光でみた画像

観測装置と手法の進歩

分子雲の観測に使用した野辺山45m電波望遠鏡は、ミリ波の波長で観測を行う望遠鏡としては世界最大の口径を持ち、さらにそこに搭載されている「BEARS受信機」は1度に25点の観測が可能で広い領域での高感度観測を効率的に実行することができます。また、On-The-Fly (OTF)法と呼ばれる、広い範囲のデータを効率的に取得できる方法も開発・実装されました。これらの相乗効果による飛躍的な観測性能の進歩が、従来にない高い精度で、分子ガス雲の広域画像を得ることを初めて可能にしました。

星間塵の観測は、チリ・アタカマ砂漠に設置されたアステ望遠鏡とそれに搭載されたカメラ「AzTEC」によって行われました。アタカマ砂漠の電波観測に適した非常に良い気象条件に加え、空の100箇所以上の場所を一挙に観測できるという威力を持つAzTECメラと、広い範囲を効率的に観測するためのOTF法、さらに再帰的主成分解析「FRUIT」と呼ばれる広い範囲の観測データに特化した解析手法を新たに開発することで、広域の星間塵の高精度な地図を得ることができました。

45m電波望遠鏡とアステ望遠鏡


本研究は、これらの観測装置と手法を駆使することにより、M33に対する高精度な分子ガス雲と星間塵の広域地図を得たものです。