得られた研究成果

高解像度画像(jpeg)

 本研究で得られたさんかく座銀河「M33」の画像。赤が銀河に分布する若い星、青が星の材料となるガス、緑がガスの生産工場の星間塵を表しています。


星の材料の生産工場 - 星間塵 -


 星の直接の材料となる分子ガスは希薄な水素の原子同士が衝突して形成されます。ところが、通常の宇宙空間(三次元)ではその衝突の頻度が小さすぎて効率的に分子ガスを作る事ができません。星間塵の表面は、二次元の面になっているために水素原子同士が衝突しやすい場所を提供しており、分子ガスは星間塵の表面でつくられると考えられています。また、星間塵の温度も表面上での反応効率に大きく影響すると考えられており、特に摂氏マイナス250℃程度の「冷たい」星間塵は分子雲の形成に密接に関係していると考えられています。

 冷たい塵が銀河の中にどのように分布しているのか?その温度は場所によってどう変化するのか?温度を決めているのは何なのか?といった情報は分子雲の形成、星の形成を知る上で大変貴重な情報ですが、これまでは銀河の冷たい塵の分布を広範囲に高い解像度で観測する事は技術的に困難でした。冷たい塵を観測するために必要なサブミリ波は、地球の大気によって激しく吸収されてしまうために観測可能な場所が限られてしまうのです。本成果は、アタカマ砂漠の希有な気象条件、高性能のサブミリ波望遠鏡、新しい装置と観測手法が組み合わさって初めて可能になったと言えます。

 本研究では、銀河全面にわたって星間塵が検出されました。M33銀河の「冷たい」塵が観測されたのは初めての事です。M33では塵も星と同様に渦を巻いており、塵の見つかった場所のほとんどで、活発に星を形成していました。さらに人工衛星からの赤外線データを組み合わせて塵の温度を測定したところ、とても緩やかに温度が銀河の中心から外に向かって低下している事を発見しました。中心部ではマイナス250℃。2万3000光年はなれた銀河の外側でもマイナス260℃です。この緩やかな変化は、東京・ニューヨーク間に換算するとたったの20兆分の1度になります。このような温度の勾配が発見されたのは初めてです。

 冷たい塵の温度を決定している原因についても明らかになりました。これまで、塵は周辺の明るい大質量の星からの光で加熱されていると考えられていました。このような大きな星は数が少なくまばらにしか存在しないため、銀河の温度地図を描けば場所によって激しく温度が変化すると予想されました。本研究で観測された滑らかで緩やかな温度の変化は、予想と明らかに矛盾します。冷たい塵を暖めているのは、同じように銀河の中心から滑らかに数を変化させている、太陽のような一般的な小さな星の光であることが判りました。



高解像度画像(jpeg)


本研究で得られたさんかく座銀河「M33」の星間塵地図(左)とその温度地図(右)。塵は渦を巻いている様子が見て取れる。温度は、赤いほど温度が高く(摂氏−250℃)、青いほど低い(摂氏−260℃)。



さんかく座銀河「M33」に分布する星間塵の、銀河中心からの距離に対する温度の変化。

星の材料 - 分子ガス雲-

希薄な水素原子のガス雲から形成された分子ガス雲は、さらに凝縮することで星を作る密度の高い塊を作ります。 このような分子ガス雲が銀河のどこにどれくらい分布しているのかを知ることは、星がどのように作られるかを知る上でとても重要な情報となります。

本研究で精密に測定された分子ガス雲の分布から、M33銀河における分子ガス雲は希薄で滑らかに分布する成分はほとんどなく、大部分が太陽の何10万倍もの質量を持つ巨大分子雲のような塊で存在していることがわかりました。 それらの分子ガス雲の塊の中には、活発にたくさんの星が形成されているものもある一方で、ほとんど星を作っていないものもあり、 星を作っているかどうかという意味では、非常に大きな多様性を示しています。

得られた分子ガス雲の地図を用いることで、M33における水素ガス雲全体の中で密度の高い分子ガス雲がどのくらいの割合を占めているかという「分子ガス雲比率地図」の作成に成功しました。 さしわたし5万光年以上にもおよぶ銀河全体にわたって、わずか100光年という小さなスケールでの比率地図を得たのは、天の川銀河以外では初めてのことです。 その結果、銀河の内側の領域では外側よりも分子ガス雲の比率が高くなっていること、さらに、全体の水素ガス雲の量が同じでも銀河の中心に近い内側の領域の方が分子ガス雲比率が高くなっていることが明らかになりました。これは、銀河の内側では、銀河の外側よりも効率よく、希薄な原子ガス雲から分子ガス雲が形成されていることを示しています。 この効率の良さには、銀河の内側では分子ガスの形成を促す作用をもつ「重い元素」の量が多いこと、ガス円盤の厚みが、内側では、外側と比較して、より薄くなっていること、などが関係していると考えられることもわかりました。



高解像度画像(jpeg)

 本研究で得られたさんかく座銀河「M33」の分子雲地図(左)と分子雲比率地図(右)。太陽の10万〜100万倍の質量を持つ分子雲の塊が多数存在し、銀河の内側では分子雲比率が高くなっています。


水素ガス雲全体の量に対する分子ガス雲比率。水素ガス雲の量が同じでも銀河の中心に近い内側の領域の方が分子ガス雲比率が高くなっています。これは、単純に銀河のどこでも同じ割合で分子ガス雲が作られているわけではなく、銀河の内側で分子ガス雲の形成効率が高くなっていることを示しています。