研究代表者として取組過程にある科研

研究課題名 判決書を活用した人権教育としての市民性育成教育に関する日韓の授業研究

研究代表者 梅野正信

 

基盤研究(C)一般2008年度〜2010年度

20530833

 

キーワード

(1)判決書教材(2)人権教育(3)市民性育成教育(4)社会科教育(5)総合学習(6)法教育(7)学校関係訴訟(8)教員研修

 

A.研究実績の概要

 

1.児童・生徒に期待される市民性の育成を目的とし、教材資料として判決書を用いる実践的研究であり、科学研究費基盤研究(C)「人命・人権尊重に基づく規範意識を育成する判決書活用型授業・研修プログラムの開発」(20044月〜20073月研究代表者梅野正信)の発展研究である。科研費研究では、判決書を用いた人権教育として、市民性育成教育の側面から規範意識を醸成させる方法・内容の開発を目的とし、教育教材とプログラムを完成させ、試行的に国内の小学校、中学校で授業を行った。

2.本研究では、前記基盤研究において準備を整えてきた実施体制と成果をもとに、判決書教材の対象とする領域や内容を拡充し、韓国語に翻訳し、日本と韓国の研究者・教育者(授業者)により両国で授業化し、日韓の研究者・教育者による協同的な実践的授業研究の成果を結実させる。

本申請を認められれば、発展研究を開始し、年度ごとに報告書を作成する。

3.日本では、20065月の文科省・警察庁による『児童生徒の規範意識を育むための教師用指導資料』において、規範意識の育成を緊要の課題と位置づけ、「人権教育と適切な連携を図る」(11)と指摘し、文科省『人権教育の指導方法等の在り方について([第二次取りまとめ])』(20061月)でも、人権教育を基盤に据えた生徒指導の重要性が指摘されている。規範意識の育成が緊要の課題であること、同時に、規範意識の基盤として人権尊重の立場を重視し、両者を関連づけて教育を行うことの重要性が指摘されているものと理解できる。

4.本研究は、人権教育と規範形成教育とを統合した形の市民性育成教育を、判決書教材を用いて実施する実践的授業研究であり、日本国内では他に類を見ない研究である。市民性育成教育については、生徒指導、道徳教育での研究・実践だけでなく、社会科教育等でも、さまざまな研究成果が出ている。教育実践(渡邊弘「法教育の目指すもの」『歴史地理教育』655号、20036月)、アメリカの法教育を紹介し小中高での授業実践に取り組む実践・研究(江口勇治監訳『テキストブックわたしたちと法』現代人文社2001年)など、弁護士会等との連携による法教育の取り組みは、法務省内に設置された法教育研究会として位置づけられ、200411月に報告書「わが国における法教育の普及・発展を目指して」に反映された。また、池野範男(広島大学)による市民性教育の研究は、「社会問題に関わる内容を学ぶだけでなく、方法やルール、それを支える規範や価値」(池野範男「社会形成力の育成市民社会としての社会科」『社会科教育研究2000年度研究年報』)を学ぶことを提案する。

このように、社会科教育研究の領域において、外国研究をもとにしての、国内研究・実践への応用研究は、一定の成果をあげているといえる。本研究は、このような成果に学びながら、日本社会における現在の規範水準を、法の執行を支える、社会に共有されることを期待され、良識的判断を示したものとして広く評価される判決を選定し、判決の内容をもとにした教材作成に焦点をあてたもところに、独創性がある。

5.本研究では、対象とする判決に、児童・生徒に身近な人権問題をとり上げ、「いじめ問題」等の裁判判決の教材化を行うことから、教育法の研究に学ぶことになる。教育法学の分野では、市川須美子によるいじめ判決の研究や、船木正文、安藤博らによる研究なと、学校関係の事件についての事例研究、外国研究の紹介など、数多くの成果がみられる。本研究は、教育法学が、かならずしも直接の検討対象としてこなかった、授業資料の作成や研修資料の作成、授業実践等を目的としたところにも、独創性を指摘することができる。

6.本研究は、判決書教材を用いて人権教育としての規範意識の醸成を目的とした市民性育成教育の研究であり、この内容は、社会的要請、社会科教育等の両面から、独創性を持つ研究・実践といえる。本研究は、作成した判決書教材を用いて、これを韓国語に翻訳し、日韓で協働的に授業実践研究を行う。前記基盤研究において、韓国の研究者、授業者との協力関係について、一定の連携関係が準備できたために、本申請においては、日本と韓国とで同時に実施することが可能となった。韓国は、日本と同様の儒教的価値観・規範意識がみられながらも、徐々に変化をみせて、社会的な規範意識の変容に社会的な危機感が論じられている点で、共通している。しかし、韓国では、「暴力」「いじめ」「セクシャルハラスメント」等の判決・裁判が少なく、教育実践としても、日本と韓国の国際理解教育学会等で確認した結果、判決書を活用しての公的判断をもとにした市民性育成教育は取り組まれていない。

 

B.研究経緯

1.研究は、児童・生徒の市民性の育成を目的とし、その基礎となる良識的判断を学ぶ教材として、法学・教育法学等で安定した評価を得た判決を用いる教材(判決書教材)を活用し、授業を行う取組である。2008年度は、8月に上越市で実施した協力者会議において、日本と韓国の小学校、中学校教諭と検討・協議をした結果、「インターネットにおける人権侵害」を取り上げることになった。その後「電子掲示板上の名誉毀損事件」(20021225日東京高等裁判決)の判決書教材を韓国語に翻訳して、韓国での授業実践の準備を整え、11月以降、日本と韓国で小・中学校の教師が実施した。研究者代表者は全ての授業を参観したが、その経緯は下記のとおりである。

 

2008

821         日本側・韓国側共同研究者による教材・授業検討(上越市)

1112日・13日 鈴木克典先生  上教大附属中学校3年生に対する授業実施。

128日・12日  泉豊先生     上教大附属小学校4年生に対する授業実施。

129日     朴烱我先生     佳景中學校3年生に対する授業実施。

1210日    李恵暎先生    孝子初等学校5年生に対する授業実施。

 

2009

614       日本国際理解教育学会で報告  

814-17日   日韓打ち合わせ(東京)

1030日      刈羽中学校で研究授業

1114日    韓国国際理解教育学会で報告

 

授業実施の後、20091月〜3月にかけて、各授業者がそれぞれの授業記録を整理した。研究代表視野は韓国側の授業記録・資料を日本語訳する作業に取り組み、科研1年目の成果を総括した。内容については、2009613日に、同志社女子大で開催された日本国際理解教育学会及び1114日にソウル梨花女子大で開催された韓国国際理解教育学会で報告した。