中学生における関数の理解に関する研究
− 一次関数を事例として −

教科・領域教育専攻自然系コース(数学)

桐山眞一


1.本論文の目的
  中学校の数学において関数は生徒にとって苦手意識が強い学習内容の一つである。また指導も表・グラ フ・式の表現を中心とした指導に偏り、生徒自らが具体的な事象の中から変量を見いだし、その関係を考 察していく指導が十分になされてはいない傾向がある。そこで、本研究では生徒が事象の中から関数関係 を見いだしていく過程を重視し、関数指導における示唆を得ることを目的とする。そのため、生徒の理解 過程を調査し分析・考察をしていく。

2.本論文の概要
 第1章では中島(1981)の「関数の考え」から、関数関係を見いだす過程に着目した。そこから筆者は、 「関数の考え」を「よくわからない数量(y)について、よくわかった、またはコントロールしやすい数量 (x)を見いだし、yをxがどのように規定しているか、探求していく過程」と設定した。さらに、関数に おける子どもの理解の様相や過程についての先行研究を概観し、子どもの進める「関数の考え」の過程を 分析するとともに、「関数の考え」を実現するための教材を見いだす必要性を述べた。

 第2章では、生徒の「関数の考え」に関する理解過程を探る枠組みとして、Pirie&Kieren(1992,1994)の 数学的理解の成長モデルを概観した。Pirie等は数学的理解を全体的、力動的、非線形的、超越再帰的な 過程としている。モデルは記述モデルであり、子どもの理解過程が観察されたままにマップによって図的 形式で示される。モデルにおいて、理解の成長を促す「折り返し」、いったん知識が構成されると再びそれ を得る活動に戻る必要のない「必要のない境界」、それまで生徒が形成してきた理解と結び付いていない 「接合しない理解」、の3点が関数の理解過程に関連していることについて述べた。

 第3章では、まず上記の枠組みから「関数の考え」の過程を顕在化するため、下の図のような一次関数 の装置と問題設定を考えた。

図1

この装置において学習活動を想定し、モデルにおける水準を「定式化する活動」まで設定した。
  1. 初源的認識:すでに学習者が持っていたと観察者が仮定する知識、方略。
  2. イメージをつくる活動:教具や図等の対象に対し、活動することによりイメージをつくる。
  3. イメージを得る活動:動きや変化を記述し、対象(図や教具)の変化のイメージを得る。
  4. 性質を見いだす活動:伴って変わる2量の中 から不変な関係やきまりを見つける。
  5. 定式化する活動:変数間の不変な関係を式に 表現し、定数項を変えた場面においてxとy の関係 を再構成する。
 調査は平成10年7月と9月に長野県公立中学校1年生を対象に、一次調査は2名1組で3組、二次調査は1 名単独で3名、計6回実施した。装置は自由に扱える状況にあり、解決の見通しが得られない場合には、筆 者が介在し指導していく形態をとった。そして、作成したプロトコルをもとに、典型的な反応が見られた 小川、宮田、滝井、渡部の4名の調査結果を取り上げ分析・考察を行った。

 分析の結果、変数間の関係を構成していく過程において、次のような水準を見いだした。

(3)は装置においてブロックの位置を回転数で捉えるという、独立変数と従属変数の関係を捉える水準で ある。(2)は回転数でブロックの動きを捉える水準である。回転数で捉える対象がブロックの位置や進む 長さであり、回転数が前独立変数としての意味を持っている。この水準では1回転で進む長さが比例定数 として意識される。(1)-i. では動きを現象から捉えた部分的な動きの構成をする。その構成はブロック 相互の位置を考慮したものではない。それが(1)-ii.では、装置におけるブロックの相対的な位置関係を 捉える全体的な動きの構成へと変容する。(1)ではブロックの動き方を中心的な視点とする、前従属変数 としての意味を持っている。

 (1)から(3)の水準が上昇したり、各水準における動きの構成が深化するためには「折り返し」が必要で あった。特にそれまで生徒が形成していた動きの構成をもとにした「動きの再現」は動きの再構成を促 す。生徒が形成してきた動きの構成を対象として、動きを装置での活動や図的表記、表に再現すること が、生徒の動きの構成を反省的に振り返ることになった。

 滝井はi.において「1回回すとAが1進みBが2進む」という動きを、現象から捉えて構成した(図2:滝井のマップ)。それが ii. では、その動きの構成を使って累加的に目盛 りの数を数えるという動きの再現により、ブロックの動きを装置において全体的に構成した(c→d)。(1) から(2)ではブロックが同時になる位置を求めるために装置へ折り返し、回転数に着目していた(f→g)。 (2)から(3)へはそれまで形成していた動きの構成によって表に動きを再現する折り返し(n→o)が、回転数 や出発位置を一層意識することになり、回転数とブロックの位置の関係を構成していく契機となった。

 一方、宮田には接合しない理解が多く見られた。そのため折り返してもその効果が得られず、変数間の 関係をうまく構成できなかった。

 以上のことから、次のような指導への示唆を得た。変数の混沌としている状況の中から、生徒が従属変 数と独立変数の関係を見いだすことの可能な教材の開発が重要であり、特に(1)の水準i.とii. を含むこ とが重要な視点となる。そのとき生徒自らが形成した動きの構成を対象とした、動きの再現を促す活動の 支援が重要となる。

3.主な参考文献

指導  熊谷 光一


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