子どものリアリティを基盤とし、その上で活動を構成するというアイデアを用いることで、具体と抽象をつなぐ様々な問題点について教授実験を通して明らかにすることを本論文の目的とする。
2.本論文の概要
第1章では、操作的に進める活動を授業の中で効果的に用いるためには、目標、教材、学習者、教師の側面からその扱い方を見直す必要があることを述べた。そしてFreudenthal(1991)が述べる「活動としての数学」より、数学を人間の活動として捉えることで創造的な学習過程を構成するという基本的な考えを概観した。
第2章では、子どもの内に構成されたリアリティが発展し算数をつくり上げるという立場から、具体的な活動を通して構成する活動的リアリティを起点とし、算数の文脈において構成する数学的リアリティへの発展について言及した。そして、Realistic Mathematics Education理論(以下R. M. E.)における教授・学習過程の4つのレベル、及びモデルの自己発展の概念を使い、リアリティをもち続ける算数の実現を目指した。また教授へのアプローチのために、さらにDorfler(1991)による活動と記号化のアイデアを用いることにした。
第3章では、除法の筆算形成を題材とし、活動的リアリティをひき出すための活動の構成、及び筆算アルゴリズムに対するリアリティの再構成という2つの観点から、R. M. E. のレベルに基づく授業を構想した。
第4章では、まず事前調査による子どもの実態に基づいて、子どものリアリティを重視した授業構成について再検討した。除法に関して子どものもっている活動的リアリティが、除数の単位を配るプロセスに対する操作的なリアリティであることがわかった。その上で、除数の単位を順に取り去る累減の操作から数の乗法的な操作への操作的なリアリティの構成・発展とともに、筆算の形式化を意図した活動の配列を行った。次に、活動的リアリティの構成を起点とし、数学的リアリティへと発展するプロセスの一つとして、子どもの操作的リアリティの構成と発展に関する分析・考察を進めた。
教授実験の概要と分析・考察
1998年6月、新潟県の公立小学校4年生32名の学級において、わり算(全15時間)の教授実験を実施した。学級担任が主に子どもの見取りを行い、筆者が授業者となって学習ノートや担任からの情報に基づいて指導計画を修正しながら授業を展開した。観察においては、授業全体の様子(1台)と4名の子どもの活動(2台)をVTRとATRに記録し、授業後のフィールドノートの作成を進めた。また単元の前後には、抽出児童(樋山,山田)らを中心にインタビューを実施した。これらの調査データを分析・考察した結果、次の4つのことがわかってきた。
1)リアリティを促進する要因
活動と記号との相補的な関係を契機として、あるいは子どもが扱う言葉を媒介として活動的リアリティの構成が促される。数学的に発展し得るリアリティという観点から子どもの活動を考察するとき、常に日常の場面を用意することで活動的リアリティが促進するとは言いきれない。チョコレート配りやトランプ配りなどの子どもの経験を記号と対照させて捉えさせることが、筆算の形式に対し除数を取り去るプロセスとしての意味を与える役割を果たしていた。
2)形式に対するリアリティの重要性
形式に対するリアリティを子ども自らが構成するとき、算数の形式性は数学的リアリティの構成や発展を助長する役割をもっていた。山田の数学的リアリティは、彼自身が除数の取り去り方に関する算数の文脈をつくり、その文脈を変容させていく過程において構成され、発展した。与えられた形式ではなく、形式に対するリアリティの構成・発展が重要である。
3)活動的リアリティと数学的リアリティの相互作用
図的表記にある十進数のアイデアと10を単位とする筆算との相互作用を通して、筆算の形式に対する数学的リアリティが構成され、発展する。樋山の十進数のアイデアは、(何百・何十)÷(何十)といった場面に依存して用いられており、それ以外での10の構成はみられなかった。それに対し山田は、十進数のアイデアをどの場面にも表現するとともに、10の構成に基づいた筆算アルゴリズムとの整合に至った。
4)筆算の形式化に至るまでの段階とその可能性
子どものつくる形式と算数の形式との間にギャップがあったために、活動の配列についての再提案をした。筆算の形式化に至る過程には、およそ4つの段階((1)1単位をつくる, (2)まとまった単位をつくる, (3)10の単位をつくる, (4)アルゴリズムの構造を捉える)があることがわかってきた。そこで、操作的なリアリティを構成・発展させる一方で、アルゴリズムの構造的な理解を促す機会を意図的につくる必要がある。
以上の知見から次のことが得られた。算数的活動の自由さや広がりを子ども自身が経験することが、子どものリアリティの構成や発展につながる。さらにリアリティの構成や発展は、算数の授業における豊かな文脈をつくり出し、学習に対する子どもの情意面を喚起することに貢献する。
3.主な参考文献