本論文では、児童が問題解決の文脈の中で、問題を解決する最も適切な数学的道具として割合概念を構成することが重要であると考え、そうした視点から授業を構成するための観点とそれを実現するための方法を実証的に明らかにすることを目的とした。
2.本論文の概要
「割合という数学的概念は、どのように人間において形成されるのか」という観点から、第1章では、平林(1985)の認識論的立場について考察した。そこでは、数学的概念は「矛盾葛藤を解消する道具」としてつくられること、そして、それを割合で考えたときに数学的道具として生起するための条件として、次の3点を抽出した。
第3章では、第1・2章での考察をもとに、割合概念を構成する上で不可欠と考えられる矛盾や葛藤を生じさせるのに必要な量に関する一定の傾向を把握するための調査を行った。具体的にいえば、子供たちの「こんでいる」という感覚に面積と人を表すドットの大きさがどの程度影響するのかやドットの分布による視覚的な影響はどの程度あるのか等をSingerとResnick(1992)の調査方法を参考に独自に開発した方法によって、調査した。これらの調査結果より、面積とドットの数が全く同じ2つの場面でもドットの分布によって「こんでいる」とする判断が変わってくること、その一定の傾向があることがわかってきた。それらの調査結果に基づき、割合概念形成のための指導案を作成した。指導案への具体化を行うにあたり、構成的アプローチ(中原,1995)を援用した。
第4章では、「調査に基づいて具体化した手だて」と「問題解決の道具としての割合の概念の構成の実現」(特に、平林の観点の実現)との関係を調べた。実験授業は、「こみぐあい」の4時間の授業を筆者自身が行った。結果を要約すると次のようになる。
平林の観点(1)を実現させるために、2つのプールにおけるこみぐあいを比べる場面において、Aプールは人を表すドットが均等分布されている図を、Bプールはドットが一箇所に固まっている図を設定した。そして、Bプールは、Aプールに比べ人数・面積ともに数値を小さく設定した。このことから、視覚的にはBプールの方がこんでいるが、人数という指標で比べるとAプールの方がこんでいることになり、他の指標として面積を意識し始めた。そして、この状況は人数も面積も違っていることから、導入で用いた図を設定することで、観点(1)が実現する可能性が実証された。また、平林の観点(2)は、観点(1)を実現することで、その解決策として自然に導かれていった。従って、観点(2)を実現させるためには、いかに観点(1)を実現するかによると考えられる。次に、観点(3)は、観点(2)の次に「均等化」という大きな局面を経て、初めて形成される概念であった。児童は、理想的に均等化されていない状況で、こみぐあいを比べる際に、面積を表す枠の大きさをを変えたり、その枠を移動することで、こみぐあいが定まらないことから、均等化の必要性を認識していった。また、観点(1)を実現させるために用いた2つの図のドットの分布状況の違いもまた、均等化する状況を意識させるために必要な要因であった。児童は、ドットが一箇所に固まって分布しているBプールでは枠を動かすことでこみぐあいが違ってしまうことを経験し、ドットを均等化させなければならないことを想起したのである。観点(3)を実現させるためには、マスのある図といろいろな大きさの面積を表す枠を用いることで、その枠をどこに置いても中の人数が変わらないことを意識させることができ、子供たちの理解が容易になったといえる。
以上の結果をまとめたものが次の図式である。
今後の課題として、以下の3点が挙げられる。
指導 岩崎 浩