2.本論文の概要
第1章では、小数の乗法指導の先行研究について述べた。多くの先行研究では、割合の考えの背景にある比例の見方を身につけさせるため数直線を用いた指導を行っている。しかし指導の研究は、教師の教材レベルの視点でなされており、比例の見方が児童にどのように形成されていくのかを明らかにしているものではない。一方、日野(1993, 1996)は、児童の素朴な考えに着目した研究を行っている。日野は、乗法問題に対する児童の自然なアプローチとして累加の方法があり、その方法に依存できなくなると、比を使った方法や小数を整数に修正する方法が用いられるとしている。また、比例的推論にはユニットの構成が重要であるとしている。そこで、ユニットの構成からどのように比例の見方を形成していくか、小数の意味理解をしていくかに焦点をあてることにした。
第2章では、児童が素朴な考えをもとに算数を主体的につくりあげていくという立場からインフォーマルな知識について述べた。筆者はインフォーマルな知識について「学校でフォーマルに教えられていないが学校における問題の文脈に依存して使われる知識」と定義し、インフォーマルな知識と方略を起点とするGravmeijer,K.の4つのレベルにもとづいた授業構成について考えた。児童の思考過程を分析するフレームとしてCobbのsignifiedとsignifierの理論を採用した。この理論はsignifiedとsignifierのつながりで理解の様相をとらえようとしているが、活動と記号のつながりを考慮して枠組みを示し分析の視点とした。
第3章では、実験授業の概要を示したす。計画した授業では、整数の範囲での長さと値段の複合問題を、テープの模型をつなげる活動を通して、累加の方法で答えを求めることを想定し、累加の活動よりユニットの構成をし、比例の見方で答えを求められるようにした。さらに小数の範囲でも同じような過程をとり、0.1と値段の対応したユニットを構成し、比例の見方にもとづき小数の乗法の意味理解をしていく授業展開とした。実験授業として、1999年6月、埼玉県の公立小学校5年生32名の学級において、 「小数のかけ算」の授業(6時間)を行った。データの収集については、授業全体の様子を後方からのVTRで、抽出児童である田中・佐藤(仮名)の活動を2台のVTR・ATRで記録した。また学習ノートの複写や授業終了後のインタビューも実施した。それらのデータを分析・考察した結果、次の3つのことが明らかになってきた。
(1)単位の構成による比例の考えの進展
田中は問題文が与えられると、文中にある2つの数値を「×」の記号を使って結びつければよいと考え、比例関係を意識して立式してはいなかった。しかし、長さと値段を対応させたテープの模型をつなげる活動を行い、繰り返したしていく操作を行う中で、長さと値段の単位を意識し、2量を対応させた単位の構成をした。そして累加して答えを求める活動から、単位を取りなおす活動によって部分と全体の関係を意識し、比例の見方に変容していった。一方佐藤は、テープの模型をつなげる活動が累加で求める方法と結びつかず長さの単位を意識することができなかった。そのため、指定されたテープの長さにつなげることに戸惑いがみられた。このことから、つなげる活動より2量を対応させた単位の構成をし、単位の取りなおしをすることが、部分と全体の関係でとらえることにつながり比例の見方に進展していくことがわかった。
(2)整数の乗法の学習活動の重要性
田中は、整数の乗法問題でテープの模型をつなげる活動から累加の方法で答えを求めた後、6mを1という単位で取りなおすことによって比例の考えに気づいていった。また小数の問題場面では、0.1という新たな単位を設定し、整数の問題場面で行ったつなげる活動を再現し、0.1mを1という単位で取りなおすことによって、比例の考えで答えを求めた。このように田中は整数の乗法で使われたストラテジーを小数
の乗法にも適用していた。また佐藤も単位の取りなおしはしていないが、田中と同じようなストラテジーを使っていた。したがって小数の乗法問題の前に整数の乗法問題の場面を設定し、対応する単位の構成をして比例の考えでみられるようになっていることが、乗法の意味の拡張を可能にしていくことがわかった。
(3)比例の考えの進展によって洗練されるテープ図
田中は、テープの模型をつなげる活動より累加の方法で答えを求めているが、つなげた個々のテープの模型の上下に累加した結果の数値を記入した。しかし、累加の方法から比例の見方に変容することによって、次に表わされたテープ図は、部分と全体の長さが意識されたものとなった。また帯小数の問題では、1を取りなおす活動によって、比例関係に気づいてからは、マス目の中に整数値を記入したテープ図を使って思考していた。比例の見方ができるようになると、対応する単位、部分と全体の関係だけを抽象したテープ図をかくようになった。このような段階に達したときに、児童は教科書に掲載されている数直線との意味の整合が可能となるとの示唆を得た。
3. 主な参考文献
指導 熊谷 光一