本論文の目的は、算数の授業で整数の乗法の意味理解に関して教師の期待したように学習が進まない児童を対象に、個別に整数の乗法の意味に関する指導を行い、理解過程を探ることで指導改善の示唆を得ることである。
2 本論文の概要
第1章では、まず、乗法の意味指導に関する先行研究の概観により、指導の在り方について考察を行い、理解に関する指導目標として、(1)乗法の必要性、(2)乗法の定義、(3)乗法の性質の3つの視点を示した。次に、倍概念やストラテジーに焦点をあてた研究から、児童の理解には複雑な様相が見られることを指摘し、児童の理解過程を探っていく必要性を述べた。
第2章では、乗法の理解に関する先行研究から、Vergnaudの「行為における定理」、Steffeの「単位の認識に着目した研究」、Lamonの「単位の構成と状況の再解釈に着目した研究」Mulliganの「場面とストラテジーの相違に着目した研究」について考察を行った。この考察により、理解過程を捉えるための枠組みを、単位の認識の深化と数え方に関するストラテジーの視点で構成した。
1)単位の認識の深化
調査の概要
1999年6月〜9月、新潟県の公立小学校の同一の学級の抽出児童を対象に乗法の意味理解について指導を含むインタビュー調査を行った。指導のプロセスについては単位の認識の深化を想定しながら段階的に計画した。
調査では、数える活動、文章題を解くなどの活動の中で単位の認識とストラテジーに着目し、児童の活動にともなって、予定した活動を修正をしながら解決のプロセスを探っていった。
3 児童の理解過程
本論文では、数をまとまりとしてある程度自由に扱った茂男の事例と、まとまりとしての扱い方が数値に依存する和男の事例について述べた。
1)単位の認識
茂男の理解過程において、単位の認識の深化の様相を捉えることができた。4×12のアレイの問題では、2列分の8にまとまりの単位を取り直して、8×6と九九に関係づけていた。6×12のアレイの問題における活動では、再度、1列分の6をまとまりの単位として見直し、列の数の1〜12を対応づけていた。
和男は、まとまりとして扱える数値の問題に関しては、抽象のまとまりの単位を構成し、単位−協応の認識にまで発展していく様相が見られた。
2)ストラテジー
茂男は、倍々の加法を媒介として、累加、九九の適用、再構成した単位の累加、ダブルカウンティングなど数えるストラテジーを場面の状況に応じて使い分けていた。また、文章題に関しては、まず、まとまりの数(1つ分)や繰り返しの数(いくつ分)にあたる部分を、絵図に再現し、2倍のまとまりに再構成したものを単位とする倍々の加法のストラテジーに戻っていた。数えるという文脈と文章題を解くという文脈ではストラテジーが異なっていることが明らかになった。
一方、和男は特定の数値以外は1つずつ数えるストラテジーを適用していた。
3)単位の認識とストラテジーの関わり
茂男の乗法の理解過程のプロセスを単位の認識とストラテジーに着目してまとめると以下の表のような関わりが見られ、互いに深化・発展していることがわかる。茂男は解決に行き詰まると倍々の加法と累加に見直す活動を繰り返しながら単位を再構成していった。このことから、茂男の単位の認識の深化のプロセスに倍々の加法のストラテジーが橋渡しとして働いていることが明らかになった。
茂男の理解過程
単位の認識 | ストラテジー |
視覚的に全体が見え る状況 (1)単位としてのまと まりの意識なし (2)まとまりの単位の 構成 −−−−−−−−−−− 視覚的に全体が見え ない状況 (3)抽象のまとまりの 単位の構成(九九 の範囲、6×8) (九九の範囲、6×8) (乗数の拡張、4×12) (4)再構成した抽象 のまとまりの単位 の構成(4×12) (6×12、倍で九九 で処理できない課題) (5)単位−協応のシェ マの構成(6×12) |
・1つずつ数える ・スキップして数え る ・倍々の加法 −−−−−−−−−−− ・2列分のまとまり の単位を基にした 加法 ↓ ・1列分を単位とし た乗法的操作(九 九を適用) ↓ ・1列分を単位とし た累加(失敗) ↓ ・2列分を単位とし た乗法的操作(九 九を適用) ↓ ・2列分を単位とし た加法 ↓ ・まとまりの単位と 繰り返しの数を対 応付けた累加(ダブ ルカウンティング) ↓ ・乗法の立式 |