本論文は,算数の時間に獲得した知識の活用能力の育成を図るために,戸田(1955)が生活単元学習の反省に立って提唱した「読み」としての文章題の思想を継承しつつ,「生きる力」と整合する「知的自律性」,佐伯(1998)のいう「学び合う共同体」といった2つの今日的な視点から,文章題指導のあり方を反省する。そして,子どもたちが,実際的な問題とかかわりをもちながら,文章題を解決していけるような具体的な指導法を提案することを目的とする。
2.本論文の概要
第1章では,これまでの文章題指導の問題点を明らかにするために,文章題指導がどのような理念のもとで行われ,また,具体的にどのような指導がなされてきたかについて概観した。
その結果,「読み」としての文章題解決の根底には,「実際の生活上の問題を解決する」といった理念が存在していたことが明らかとなった。一方,構造図をはじめ,実際の指導上の工夫は,そのほとんどが,文章題に書かれている数的関係をいかに子どもたちにとらえさせるかに集中していることが明らかとなった。そして,このことは,指導者側がよかれとして行ってきた努力が,文章題解決の技術的な側面を強調する結果となり,子どもたちが「文章題は実際の問題とはあまり関係のない,算数の時間だけのものである」といった意識を強める一つの要因となったのではないかとする点を指摘した。
また,最近,数学的に処理した結果を,文章題から想定される実際の生活場面に照らし合わせ,その妥当性を吟味し,修正を加えるといったモデル化としての問題解決指導が徐々になされるようになってきたことは,これまでの文章題指導の問題点を克服しようとする一つの努力として位置づけることができることを示した。
第2章では,文章題指導のあり方を反省するための今日的な教育的視点として,「知的自律性」と「学び合う共同体」を取りあげ,考察を加えた。そして,特に,Silver(1993)や上野(1995)の文章題の解の解釈に関する研究事例を,「知的自律性」と「学び合う共同体」の観点から分析し,新しい文章題指導の方向性を探った。その結果,上野のインタビューから示唆された他者の視点を他者の立場に立ってよりよく理解した上で,自分の考えを述べるといった方向は,「知的自律性」及び「学び合う共同体」といった点から評価できるだけでなく,他者の視点として,実際の生活場面による解の解釈を含めることで,文章題を実際的な問題とかかわらせながら解決を進めていけるような,新たな文章題指導の方向へと発展しうる可能性を含んでいるとする点がみえてきた。
第3章では,Silver(1993)と上野(1995)の研究事例にもとづいて実施した解の解釈の実態調査の分析を行った。そこでは,一般的に,誤答として処理されてしまう解答を示した子どもの中には,文章題に整合する場面や,文章題から想定される実際の生活場面に解の意味づけを求め,明確な根拠をもって答えている子も存在した。また,文章題に適切に答えている子どもの中には,自分とは立場の異なる他者の考えに遭遇することで,自分の考えに自信がもてなくなる子どもが存在することも明らかとなった。
第4章では,第2章で示唆された新たな文章題指導のあり方を検討するために,指導的インタビューを実施した。対象児童は,第3章での事前調査の結果をもとに,M男とK男の2名を抽出した。両児童は,文章題に適切に答えている子どもであるが,実際の生活場面に解の解釈の根拠を求めた他者の考えに対する自分の考えに自信がもてないと回答した児童である。インタビューは二人一組のペアで実施し,指導過程においてM男とK男とは立場の異なる考えを示した架空の人物Aさんを登場させた。その結果,M男とK男は,文章題の内容に正確に解答するだけではなく,実際の生活場面に解の解釈の根拠を求めた他者の視点を取り入れ,より広い文脈の中で自分の考えを述べる姿へと変容した。子どもが,どのように変容したか,また,それを促すのにどのような指導が効果的であったのかをまとめると以下のようになり,これが本論文の主要な結論である。
3.主な参考文献