■心理学研究 はじめの一歩

2003.05.28. 作成




  はじめて心理学の研究に取り組もうという人,やりたいことは漠然とあるのだけれど,何からとりかかったらいいか見当がつかない人のために,中山おすすめの「はじめの一歩」を書いておきます。…というか,中山ゼミでは事実上「標準的手続き」になっております。

  で,その「おすすめの第一歩」とは,

「自分のやりたいことを,心理学の用語に翻訳してみよう」

です。これを具体的行動に置き換えて書き直すと,

「容易に読める心理学入門書をたくさん読んで,問題と関連概念のイメージをつかもう」

ということになります。


●心理学用語を知ろう

  心理学という学問は,一般に使われる用語と同じ言葉を,独特の定義で使っている場合が意外に多い学問です。たとえば「学習」や「認知」がそうです。心理学で使う「学習」は,ふだん言われている「お勉強」よりずっと広い概念です。

  だから,先行研究を読み進めていくうちに,出てくる言葉が,自分が思っていた概念とどんどんズレてしまうことがあります。気がついたときにはもう遅い。自分のやりたいことはこんなことじゃなかった。で,最初にもどってまた文献の集め直しからはじめないといけなくなります。

  できるだけ早い段階から,用語の定義に目を光らせ,自分のやりたいことと心理学の概念がちゃんと対応しているかどうかを常に確認しておくことは,心理学の研究ではだいじなことなのです。

●専門用語を知ることのメリット

  もちろん,日常会話にはめったに出てこないむずかしい専門用語だって,研究にはたくさん使われます。それを知らないことには,実際上研究は進みません。なぜなら,用語を知らないと適切な文献を探すことができないからです。

  たとえば,「学習意欲」を考えてみましょう。本格的な心理学研究で,「学習意欲」という用語を扱っている研究はまずありません。指標の一部として学習意欲を測定するくらいはありますが,研究のメインにこの概念を持ってくることはほとんどありません。代わりに,「内発的動機づけ」とか「達成動機」とか「自己効力」とか「統制感」といった概念が,研究では用いられています。ですから,もしこれらの専門用語を知らずに,「学習意欲」というキーワードだけで先行研究を探していたら,おもしろい先行研究の大半を見逃してしまうことになりかねません。これはあまりにもったいないし,もしかすると自分のやりたいことが,じつはとっくの昔に研究されていたのを知らずに,研究計画を立ててしまうかもしれません。

  それなら,そんな小難しい専門用語を使わないで,日常生活の言葉を使えばいいじゃないかと思うかもしれませんが,専門用語を使うのにはそれなりのワケがあります。日常生活の言葉は,一般に意味内容の範囲が広くて,しかも受け取る人によっていろんなニュアンスを持つ曖昧な言葉です。これに対して,専門用語はきちんと定義され,内容範囲が限定されています。実証的研究では,用語の範囲をしっかり限定しておかないと効果が検証できません。研究者が「これで学習意欲が向上することが確認された」と言っても,読み手が「そんなのは学習意欲とは言えない」とあっさり反論できるような定義のしかたでは,実験の意味がほとんどないわけです。また,それぞれの概念には特有の作用メカニズムが想定されていますから,実証研究では扱いやすい,ということもあります。

  そんなわけで,まずは「用語=概念」の整理からはじめる,というのがいいのではないでしょうか。

●入門書がお手軽です

  では具体的に何をやったらいいか。私のおすすめは,気軽に読める心理学の入門書や教科書をたくさん読むことです。自分のやりたい領域に関する部分を,ざっと読み流す。それをいろんな本で繰り返します。わからなかったらわからなかったで,あっさり飛ばしてしまってかまいません。「わかるまで何度も読み返す」なんて苦労はするだけ無駄です。それより,次々にいろいろな本にあたってみる方が生産的です。

  はじめは全然わからなかったことも,いろんな書き手が書いたいろんな説明を読んでいくうちに,少しずつわかってきます。あの本に書いてあったことはこういうことなのかと,別の本を読んで気づくことも少なくありません。そのうち,この書き手の文章はわかりやすい,こちらの書き手は下手,というようなこともわかってきます。このくらいになると,その領域に関する概念や用語について,ある程度イメージができあがってきているといえるでしょう。そうしたら,このプロセスはとりあえず卒業。

  この段階では,とにかく数をこなして多種多様な説明にふれることがだいじ。だから,ここでは図書館を十分に活用しましょう。自分で本を買う必要はありません。本の一部しか使いませんし,ざっと読むだけなのでもったいないです。

●読む本を選ぶとき

  読む本を選ぶときに注意することは,次の点だけです。

  1.引用文献がちゃんと書いてあること

  2.その引用文献の出版年が新しいこと

  最近は,どこも著作権の意識が高くなって,引用文献がきちんと書いてあるようになってきましたが,それでもまだ,ごくごく入門期の本は,引用文献が整理されていないものもあります。こういう本は,あまり価値がありません。なぜなら,その本の説明に興味をおぼえて,もっと関連する研究・もとになっている研究を読んでみようと考えたときに,その研究が探せないからです。これはイタい。つまり,いくらその説明がよくできていても,その問題意識を発展させようがない本は,価値が低いと見ていいと思います。

  また,ちゃんと文献が出ていても,その文献が古かったらあまり役に立ちません。心理学という学問は比較的新しい学問領域で(現代心理学が出発したのは,125年くらい前のことです),扱っている人の心も日々変わっていますから,その知見も日々新しくなっています。記述が古い,というのは,ですからけっこう致命的なのです。

  まあ入門書というのは,いわゆるその領域の「古典」をしっかりおさえておく必要がありますから,ある程度記述が古いのはやむを得ないところがあります。しかし,古い研究だけ引用しているというのは,書き手のプライドを痛く傷つけるので,専門家であればあるほど,その領域の新しい研究動向にも少しはふれておきたいと思うものです。そういう本に出会えたらラッキー。問題意識を発展させることができると期待が持てます。

  だから,「新しい文献が記載されている」というのは,文献を選ぶときにはたいへん大きな目安になるのです。

●実験論文に踏み出す

  入門書プロセスを卒業したら,なるべく早く実験論文に移行しましょう。実証的研究でほんとうに参考になるのは実験論文です。一般書の説明を読むと「なるほど」と思えても,いざもとになっている調査の内容を見てみると,思っていたのとは全然違ったり,とても自分ひとりで実施するには手に負えない実験・調査だったりすることはよくあることです。中には,本の書き手が声高に主張しているだけで,実験・調査の裏づけが全くない説だってあるのです。

  だから,「知見のもとになっている実験・調査」のレベルで,あなたが納得できるか,興味が持てるかをよく考えながら文献を読み進める,というのがいいでしょう。

  実験論文を探すときは,入門書の引用文献から気になる論文を探すとか,一般書で見つけ出した専門用語を使って,文献検索をかけるというような手があります。いろいろなやり方を覚えて,実験論文を集めましょう。