■「えこひいき」論

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じょうずにえこひいき?

  授業の最後に,「動機づけの個人差に注意しよう」ということで,「動機づけの問題に関しては,えこひいきもアリだろう」というお話をしました。つまり,こういうことです。クラス内にはさまざまなタイプ(または段階)の動機づけを持つ子どもたちがいて,ひとつのはたらきかけが,一方の子どもには有効であっても,他方には妨害的にはたらく場合が,よくあります。だから,クラス全員に平等に接しようとして,一律に同じ動機づけ方略を用いることは,必ずしも最善とは言えません。むしろ,それぞれの動機づけタイプに応じて,子どもごとに違ったはたらきかけをする方が有効なのです。そこで,「じょうずにえこひいきしてください」という提案をしたわけです。

  で,問題はその説明に使った事例です。こんな事例を使いました(授業のときより,ずっと詳しくなっていますが…)。

  家庭での自主学習を奨励するため,シールを外的報酬として用いた。だんだん軌道に乗ってきて,ほとんどの子どもが,毎日とはいかないが学習ノートを提出するようになった段階である(一部の子どもでは習慣化していて,毎日しっかり学習している)。

  そんなある日,今まで自主学習に見向きもしなかった子どもが,めずらしくノートを提出した。「ここで強化しとかなきゃ!」と思った先生は,すかさずシールをグレードアップ。輝く金のシールを用意して,クラスのみんなに告げた。「みんな自主学習がんばっているから,ノートを出した人には,今日から金のシールをあげます。」

  これは,報酬がグレードアップしてより魅力的になったこと,および予告的に用いられていること,の少なくとも2点において,報酬の制御的側面を強調しています。したがって,自主学習に取り組みはじめた子どもに対しては,大きな強化となるだろうと思いますが,一方で,それまで自発的な学習の芽を少しずつふくらませてきた子どもの目を,いっきに報酬へと向けさせてしまう可能性もあるでしょう。

  そこで,私はこんな提案をしました。

もう少し詳しく

  さて,もちろん「えこひいき」ですから,問題点はいろいろとあります。こんな質問をいただきました。

  グレードアップシールを見つけた他の子どもが,「どうして私にはくれないの?」と文句を言ってきたら,どうしたらいいでしょうか? この年代の女子はえこひいきには敏感で,こういうことはよくありそうです。

  じつをいうと,こういうケースは私もあり得ると考えてはいたのですが,説明するのに時間がかかるので,「じょうずにえこひいきしてください」と安易にまとめてしまいました。それで,ここでもう少し詳しく説明しておきます。まあ,学校現場を知らない大学教官のいうことですから,「そんなの口先では言えるけど,うまくいきっこないじゃん」の一言で終わってしまうかもしれませんが。

  では,まず私のお答えから。

  1. 特定の子どもにグレードアップシールを与えた理由を,訴えてきた子どもにもちゃんと説明しましょう。

  2. 訴えてきた子どもに,自分がグレードアップシールに値することをしっかり説明させましょう。

  3. この手続きは,訴えてきた子どもに対して「君の努力はグレードアップシールに値しない」ことを説得するために行うわけではありません。できたら,グレードアップシールをあげる方向で考えましょう。

メリハリをつける

  ここでグレードアップシールの使い方を説明しておかないと,よくわからないかもしれません。グレードアップシールは,継続して使いません。赤・青シールから金シールに全面的に移行すると,その先,金シール,キャラクターシール,金キャラクターシール,大型シールと,また際限なくグレードアップしていかないといけなくなります。これは,どんどん外的報酬への依存性を高める強化システムです。もう,それ以上のグレードのシールがない,となったとたんに…(以下,略)。

  グレードアップシールは,子どもたちに「通常ではない努力やその成果が認められたとき」だけ,ピンポイントで使います。その後はすぐに,通常シールに戻してしまいます。ただし,これは子どもたちが通常シールでの強化手続きに十分慣れていることが前提です。最初からちょこちょこグレードアップシールを使っていると,通常シールの意味が半減してしまいますので。

  強化の原則を考えてみましょう。怒られるかもしれませんが,イルカに芸を教えるケースで説明します。教育は動物に芸を教えるのとはワケが違う,一緒にするな! とおっしゃるのはごもっともですが,ここは「原則」の説明ですから,話をごく単純化してしまいます。

  イルカに芸を教えるとき,最初から難しい芸をターゲットにして強化を行っても,うまくいきません。そこで,シェイピング手続きを使って少しずつ行動を目標に近づけていくわけですが,このとき,イルカが今までより高く飛べるようになったからといって,ごほうびとして与える魚の切り身を,イワシからタイにグレードアップしたりはしませんよね。ではどうしているか。

  今1mの高さが飛べるとして,飛んだら毎回エサで強化しているとします。安定して1m飛べるようになったら,だんだん毎回強化ではなく,何回かに1回の間欠強化に移行していきます。で,「何回かに1回」をどう決めるかというと,「1mより高く飛べたら,必ず強化」するのです。ほかは,適当に何回かに1回強化します。つまり,強化のしかたに「メリハリ」をつけることで,次の段階へと動物を導いていくのです。

最初のうちは,1mジャンプでも2mジャンプでも,とにかくジャンプすれば強化していたのですが,そのうちしだいに1mジャンプが強化されないようになり,一方,2mジャンプは安定して強化がもらえる事態になると,自然にイルカの目は2mジャンプの方に向いていくわけです。ピンポイントでグレードアップした強化を与えるのは,<強化のメリハリ>をつけるため & 教師がどのような評価基準を持っているかを具体的に子どもたちに示すため,と理解していただければいいと思います。こういう使い方なら,「えこひいき」感は多少とも緩和されるのではないでしょうか。

  ちなみに,グレードアップシールを使う場合は,シールをペタンと貼るだけではなく,できたらコトバで取り組みを認めてあげましょう。自分の行動に自信のない子どもたちにとっては,こちらの方がきっと影響が大きい,と思います。



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