ピッツバ−グ:さまざまな生き方
埼玉県春日部市立武里中学校
教諭 大島 薫

1 はじめに
 私のホームステイ先は20歳代半ばの若いカップルのKate(ケイト)とErnie(アーニー)の家だった。カップルといっても二人は夫婦ではない。結婚への大きな一歩として一ヶ月前に二人で暮らし始めたばかり。研修医としての生活が始まったばかりのアーニーと大学院の修士課程を取りながら高校などの非常勤講師をしているケイト。二人の生活を通して、ピッツバーグの知的関心の高い若い世代の様子を垣間見ることができた。その一端を紹介したい。

2 ケイトとアーニー:ホストファミリー概要
 ケイトは実はピッツバーグに来てまだ一年経っていない。彼女はもともとカンザス出身で、大学時代はサンフランシスコとワシントンD.C.ですごしている。移動しながら自らのキャリアを上げていくアメリカではよくあるライフスタイルである。平和運動に関心があり、海外の情報に敏感だ。将来は国際機関で働くことも考えている。大江健三郎や吉本ばなななど日本の現代文学も読んでいる。一方アーニーはピッツバーグ近郊で生まれ育ち、地元の名門ペンシルベニア大学を卒業した地域密着型。両親、祖父母、親戚が同じ地域で生活しており、ピッツバーグ周辺の典型的なライフスタイルの中で育った。近い将来結婚を切望しているケイトは、アーニーとアーニーの家族のことをより深く知ろうとしている。しかし一方で、ピッツバーグ周辺文化に軽いカルチャーショックを受けているのがわかる。ピッツバーグはある種独特な歴史と文化に育まれているようだ。南部文化育ちの彼女の驚き、発見、解説は私にとっても興味のあることで、どっぷりと地元につかっている人々とは異なる視点が新鮮であった。と同時にケイトとアーニーは20歳代半ばの青年文化を内包しており、かつ、経済的にも文化的にもアッパーミドルの上昇志向という部分も併せ持っている。

3 民族意識と家族の絆:ピッツバーグ周辺文化
 アーニーの家族の宗教はビザンチンカトリックである。東欧の東方正教会にカトリックが融合したような教会だという。実際にその礼拝に日曜日にケイトと出席した。その日はスロベニア語でほとんどの司式が執り行われていた。プロテスタント(メソジスト)出身の彼女からすると言語はもちろん儀式の流れや教会堂の装飾等すべて異なる。時折彼と出席するものの彼女は、まだ違和感が拭い去れない様子。この教会の印象はかなり東方正教会に近い。パイプオルガンはなく、司式者と後方2階バルコニーにいる聖歌隊の音楽的なかけあいで式は進められた。アメリカ全体ではあまり多くはないこのグループがピッツバーグ周辺でいくつも見られるのは、ピッツバーグが「鉄の町」だったころの労働者である東欧の人々の精神的な拠り所だったからであろう。そして今なおスロベニア語での礼拝が成立している現実に、この町がいかに民族的な文化を大切に継承しようとしているのかを見たような気がする。

4 結婚観
 二人で暮らすことと結婚することの違いをケイトはどう考えているのか、私は素朴な疑問を持った。一日半のホームステイの中で感じたのは、学生時代にボーイフレンドと一緒に生活したのとは別の意味合いで彼女たちは生活しはじめているということだ。彼女のことばを借りれば「結婚への大きな一歩として」の新生活であるので、家具や調度品、住居選びなど私から見るとすっかり「新婚生活」である。落ち着いた住環境、広めのベランダには植物を置き、各部屋にアンティークの家具をそろえている。二人の結婚に双方の両親も同意している。外国人のホームステイを受け入れるという社会的活動に二人で参加している。正直なところ彼女はすぐにでも結婚したい様子であった。ただアーニーの方がもうひとつ踏ん切りがつかないらしく、周りからのプレッシャーで彼がどう変わっていくのかケイトは見守っているところだという。ホームステイ中ケイトの友人の結婚披露宴に参加させてもらった。そのカップルは1年間二人で生活したあと婚約結婚にいたったようで、ケイトは自分の披露宴を思い描きながらピッツバーグ的な賑わいに見入っていた。ケイトはペンシルベニア大学のキャンパス内にあるカトリックの会堂で挙式することを夢見ており、雑誌の結婚特集を見て「この結婚指輪が気に入っているの」と言っている。ケイトは「結婚は社会的なことだし、子供を持つことに同意することでもある」と話してくれた。ケイトとアーニーはこれからの生活を通して二人の生き方を模索し、お互いの、そしてお互いの家族の思いを確認しあいながら、社会的な意味合いの結婚手続きを踏んでいくのであろう。まぶしい未来に希望をはせるケイトのうれしそうな表情が印象的だった。

5 おわりに:二人の日常
 夜勤や早朝勤務のあるアーニーと昼間の勤務のケイトでは生活時間帯が違う。携帯電話で連絡をとりあいながら二人の時間をつむぎだそうとしている。実際私がアーニーに会ったのはお別れパーティーへ出かける30分前であった。それまでケイトからアーニーについてたくさん聞かされていたので不思議な気持ちであった。二人で近くのすし屋によく行くという。二日目の朝はケイトがマフィンを焼いてくれた。普段は忙しくて二人とも車の中でパンをかじっていくような生活だという。南部育ちの彼女はメキシコ料理が好きで、大学近くのメキシカンのファーストフードにもよく出かけるらしい。休日は郊外の大型ホームセンターでまとめ買いをしたり映画を見たりするという。二人でゆっくり過ごすのがなかなか難しそうであった。将来に向かってそれぞれのヴィジョンをもって歩いている20歳代の二人らしい風景である。日本で同世代の未婚のカップルが外国人をホームステイで受け入れるだろうか、と考えてみた。仮に結婚していたとしてもどうであろう。気負わず自然体で私を受け入れてくれた二人に心から感謝している。このホスピタリティがアメリカ的であると私は思う。


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