珈琲ブレイク

カリフォルニアの水と環境
〜カリフォルニア・アクアダクトをめぐって〜


写真1   用水路とアーモンド畑(サンワキンバレー)
 サンワキンバレー(San Joaquin Valley)を東西に横切って、ヨセミテ(Yosemite)国立公園までの移動中に、水が満々とたたえられた大きな用水路を何度か目にした。この用水路は「カリフォルニア・アクアダクト1)(California Aqueduct)」といって、ヨセミテから水を持ってきているとガイドさんに伺った、と手元のノートに記録されていた。
 カリフォルニア州(California)は、農業州と呼ばれ、その生産高全米一を誇っているが、それを支えるための水の確保は欠かせない。さらに、カリフォルニアの海岸部には、ロサンゼルス(Los Angeles)とサンフランシスコ(San Francisco)という、比較的アメリカの歴史の中では新しくかつ大きい都市が位置している。このふたつの都市も人口の増加に伴う水の確保に苦慮している歴史がある。その理由にカリフォルニアの気候が関係する。
 カリフォルニア州の特に太平洋岸に面する地域は、地中海性気候といわれる、夏に乾燥し冬に降水のある気候区にあたる。年降水量は北部で約20〜70インチ/年(約508〜1778mm/年)、南部で約10〜30インチ/年(約254〜762mm/年)である。内陸のセントラルバレー周辺はそれに比べ、約20インチ以下とさらに降水量は少なくなっており、南部のサンワキンバレー周縁には砂漠も多い。しかし、さらに内陸のシエラネバダ山脈(Sierra Nevada)の西斜面は、海からの季節風が当たることもあり、約60インチ/年(約1524mm/年)の降水がある2)。この水を活用するため、これまで民間をはじめ、連邦政府、州等などによりさまざまな施策がとられてきた。
図1   カリフォルニア州の主要な水開発利用施設
『カリフォルニアの水資源史』P82より引用
写真2   サンワキンバレーのトマト畑 畝の溝にはレーザーで微小かつ正確な傾斜をつけ、用水の節約をはかっているという。

 その中のひとつが、ヨセミテ国立公園内のヘッチヘッチィダム3)(Hetch Hetchy Reservoir、別称オショーネシーダムO'Shaugnessy Dam)である。このヘッチヘッチィダムは、サンフランシスコの都市用水をまかなうダムとして1923年に完成している。このダムの水は、第2次世界大戦後に行われた州水計画4)(SWP:State Water Project)で造られたカリフォルニア・アクアダクトではなく、ダム同様、独自に計画されたヘッチヘッチィ導水路を経てサンフランシスコへ供給されている。このダムは、国立公園内に計画されたという時点でシエラクラブなど環境保護団体からの非難を浴び、それが1980年代の環境保護運動につながったという経緯がある。
 先にも述べたとおり、カリフォルニア州南部は沿岸部も内陸部も北部に比べ年降水量が少なく、従って用水も不足しているという背景があるため、州水計画が実現に移されたという経緯がある。私は、カリフォルニア・アクアダクトについては、サンワキンバレーの農地の中を延々と流れているという印象が強かったため、農業用水のために造られたと勘違いしていた。だが実は、都市用水を含めた州全体の用水開発は州が行うという考え方のもとに、ロサンゼルスの都市用水を供給するために1959年〜1972年に州水計画によってつくられたものであった。
 この導水路の水源は、やはり州水計画によって1957年〜1968年に、北部のシエラネバダ山麓につくられたオロビルダム5)(Oroville Dam)である。ちょうどこのダムができるころには、カリフォルニア州の人口増加にブレーキがかかっていたこともあって、サンワキンバレーの農業用水に転用されたのであった。ダムから714kmもの長さのこの導水路は、途中州道5号線と並行して南へ南へと水を運び、周辺の農地を潤し、さらに新たな農地を開拓させた。
 ただし水の少ない南部へ農業用水を供給する際には決して永続的な果樹などの作物に使うべきでないという考えが州水資源部の一部にあったようである6)。それはもちろん、降水の極端に少ない南部への用水供給の見通しが立たなくなった際に備えてということである。しかし、現状は、主に作られている作物の多くが、水を常に必要とするアーモンド(写真1)であり、加工用トマト(写真2)であり、ブドウであったりするのだった。私たちがサンワキンバレーの横断時に目にしたものは、それらの作物のほか、枯草が細々と生えているように見える平原に放牧された肉牛や、収穫されたアルファルファや、すっかり乾ききった飼料用トウモロコシ畑などであった。そしてカリフォルニア・アクアダクトは、この茫々と広がる乾燥した大地に、突如として現れては去り、私にカメラを向ける間すらもなかなか与えてくれなかった。
 ちなみにロサンゼルスの用水は、現在はコロラド川(Colorado River)から引水されたロサンゼルス・アクアダクト(Los Angeles Aqueduct)の水で多くをまかなっている状態であるという7)。いずれにしても海岸山脈を越えて揚水しなければならないためコストと手間がより多くかかることになる。また、これからは環境保全対策上、簡単にダムも造れなければ、逆に湿地や川、デルタに水を返すということが必要とされており、いっそう都市および農業用水の確保も難しくなるだろうと考えられている。
(山内 洋美)

参考文献
中沢弌仁(1999)『カリフォルニアの水資源史』鹿島出版社
マーク・ライスナー著/片岡夏実訳(1999)『砂漠のキャデラック』築地書店

1)   http://www.cfwc.com/aqueduct.htmlに写真と簡単な説明がある。
2)   図-2カリフォルニア州の年間降雨量分布図 『カリフォルニアの水資源史』P13を参照。
3)   http://www.sierraclub.org/chapters/ca/hetchhetchy/index.html,シエラクラブによるヘッチヘッチィのリンク集に詳しい。
4)    『カリフォルニアの水資源史』P73〜88。これには農業開拓とサクラメント川(Sacramento River)の治水等を目的としたセントラルバレー事業(CVP:Central Valley Project)も含まれていた。
5)   http://cee.engr.ucdavis.edu/faculty/lund/dams/Oroville/OrovilleDam.htmlにダムの解説と全景、また、 http://orovillerelicensing.water.ca.gov/に新しいプロジェクトの解説がある。
6)   『砂漠のキャデラック』P411上l2〜16。
7)   ロサンゼルス市の用水に関するHPを参照。http://www.ladwp.com/water/supply/aqua.htm