環境思想・教育グループのコンセプト
環境をまもり環境とかかわる、思想と教育の実践
−アメリカから学び、日本から学ぶ−
環境思想・教育グループコーディネーター
上越教育大学社会系教育講座(宗教学) 葛西 賢太

 英文ニュース誌のTIME誌では、毎年恒例で「今年の話題の人Wo(man) of the Year」を発表してきた。1989年の第1号を受け取った読者は、荒涼とした砂浜にビニール袋に包まれて捨て去られた地球が表紙になった同誌をみて驚いた。「地球に優しい」という言葉が随所で聞かれるようになった90年代以降の環境保護運動は、40頁を超える同誌のこの特集記事が引き金になったものである。同誌には東京都町田市で行われているゴミ分別作業の紹介や、熱帯雨林の生態系の多様性が失われつつあること、原子力や火力に代わるエネルギーとして提唱されつつも今後の実用性が問われている風力や地熱等の代替エネルギー等々、多くの話題が扱われていた。
 このように、「環境」という言葉が人口に膾炙し、総合的な学習においても環境という主題が積極的に取りあげられる現在である。ただし、それはやや偏った紹介をそのまま受け継いでいる嫌いがある。たとえば、アメリカは環境先進国のようにいわれることが多いが本当か?また、すぐれたアメリカでの実践の背景にある、歴史的な積み重ね、思想的な深みには触れずに、結果や形式だけを日本に取り込もうとしていないか?
 実際、19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカには、重要な環境思想運動が存在している。R.W.エマソンやH.D.ソローなどの超絶主義者の思想には東洋思想が大きな影を落としており、現代のディープ・エコロジーなどにつながる展開がある。また、R.カーソンやA.レオポルドなどの科学的認識にもとづく環境保護論、J.ミューアやJ.J.オーデュボンらの自然愛好を基盤にした保護思想と、その延長としてのシエラクラブ、オーデュボン協会という自然保護団体の成立も見落とせない。
 だが、(1)現行の学習指導要領の中で、思想を直接に扱う単元は多くないこと、また、(2)思想史研究という高度に抽象的な対象を、教室で具体的に扱うのは容易ではないゆえに、方策については修正せざるを得なかった。谷田部玲生、白木みどり、深澤秀興、我妻敏博の四氏から具体的に提言をいただいた。そして、環境の問題を抽象的な語彙で論じるのではなく、具体的に体現されているものを見つけだし読みとる作業を重ねていった。
 たとえば自然保護の思想は、ヨセミテ国立公園のような場所では、The Yosemite Guideのような刊行物兼ガイドブック、さまざまな注意書きの看板や、パーク・レンジャーの言行、定期的に樹を焼くコントロールバーン等々から見いだすことができる。「自然のまま」を提唱しつつ、そのために慎重に自然に手を加え、人間の側に厳しいルールを課す。無為自然ではなく有為自然なのである。ただ景色を眺めに行くのではなく、こうしたところにあらわれる思想をどのように読みとるか/見せられるかが教師の腕の見せ所になる。生徒・児童の認識を確認し、それを踏まえて事前学習と米国研修を行い、教室になげかえしてみる。実践の現場をみての熱意ある報告が、生徒・児童たちに及ぼす影響も期待できるだろう。
 研修の時間的制約ゆえ断念した多くの企画がある。以下では、それぞれの実践報告を紹介しつつ、削られた内容についても簡単に言及しておきたい。
 白木みどりは中学校国語科の教師であるが、また、異文化間、複数領域間をまたがっての実践によって、生徒に広い視野から事物を捉え批判する能力、事実から倫理的な理念を抽出する能力を培おうとしており、関心は狭義の国語科にとどまるものではない。本学大学院では道徳教育のありかたを研鑽している。本報告では、石川県を流れる手取川とミシシッピ川を比較し、それが人々の暮らしとどのようにかかわっているかを豊富な資料を基に考察させた。二つの川の流域図を並置するだけでいろいろなことが見えてくる。取りあげた授業は、すでに蓄積のある手取川実践と併せ、ミネソタ州でミシシッピ川流域を調べた成果が反映されている。氏には学校見学の際に、上述した手取川実践の一端を米国でプレゼンテーションしていただくことを考えていたが、時間等様々な事情で断念いただく結果となってしまったのが、残念であり申し訳ないことである。
 谷田部玲生は、スタンフォード大学で開発された教材の研究を継続的に行ってきた。本報告はその延長上にあるもので、参考文献にあげられた氏の他の論考と併せて読むとともに、他章の報告とも併読していただくことで、当該教材の特徴がより浮き彫りになるはずである。国立教育研究所に奉職する氏には、現在残念ながらこのプランを実践してみる場が与えられていない。だが、寝食を共にしながらの渡米研修を通じ、氏の提案が他のメンバーの報告に反映されていることをお知らせしておきたい。また氏は高等学校公民科における「環境」の扱いを、倫理と現代社会の二科目にわたって検討し、またカリフォルニア州の自動車排気ガス規制についての調査も考察対象としたが、これらの報告は紙数の制約上見送っている。
 深澤秀興は、日本とアメリカでのゴミ処理の実状を比較した授業をおこなった。本学大学院では、平成元年度版学習指導要領における学習観の意義について、理論的・歴史的考察を重ねている。学問の系統主義によってたつ「知識偏重」型の学習観から、「問題解決能力」を重くみた新しい学習観への移行をつぶさに追ってきた氏は、今回、アメリカ最大のショッピングモール「モール・オブ・アメリカ」で、ゴミがどのように扱われリサイクルされるのかを取材するとともに、台所のゴミを粉砕して下水に流すというGarbage Disposerについて現地住民にインタビューを敢行した。ホームセンターでDisposerの現物を探したり、モール・オブ・アメリカのすぐれたリサイクルシステムについて担当者から話を聞いたりと、熱意ある調査が行われた。報告からはゴミを素材に日米の発想の差を子供たちに考えさせる教室の様子が手に取るように見えるであろう。なお深澤はヨセミテ国立公園でのパーク・レンジャーへのインタビューを企画しており、複数のルートから交渉を重ねたが、忙しいシーズンゆえこれも諦めねばならなかった。
 環境思想・教育グループの行動については、通訳を引き受けてくださった我妻敏博氏らの報告が記録編でご覧いただける。こちらも併せて参照されたい。

参考文献

TIME (1989) Man of the Year: Endangered Earth, TIME Inc., 1989.1.2.
岡島成行(1990)『アメリカの環境保護運動』岩波新書.
諏訪雄三(1996)『アメリカは環境に優しいのか 環境意思決定とアメリカ型民主主義の功罪』新評論.