97春地理学会


カムチャッカ半島に分布する火山灰土の生成過程

Forming process of volcanic ash soils
in Kamchatka Peninsula, Russia.
山縣 耕太郎(上越教育大)*,曽根 敏雄(北大,低温研),Ya. D. Muravyev (Institute of Volcanology, Russia)

日本をはじめとする火山活動が活発な地域に広く分布する,火山噴出物起源の物質を多く含む火山灰土の成因については,従来以下の三つの異なる考えがある:1)下位 の火山噴出物が風化変質したもの;2)裸地から風によって運ばれた粒子(塵・埃)が徐々に堆積したもの;3)断続的に起こった火山の小規模噴火の堆積物.最近,火山灰土の中に含まれている微細石英の酸素同位 体比などから,火山灰土の生成に大陸からもたらされる広域風成塵が寄与していることや,堆積性の土壌であることがを明らかにされてきた(Naruse et al., 1986;井上・溝田,1988;張ほか,1994;吉永,1995など).さらにYamagata (1995)は,北海道南部に分布する火山灰土の層厚・岩相の変化,粒度組成,粒度による鉱物組成の変化を検討し,火山灰土が大陸からの広域風成塵,火山の小規模噴火の噴出物,高山や河川氾濫原などの裸地からの風成粒子など,異なる複数の給源からもたらされた風成粒子が混合して徐々に堆積したと考えた.
今回,日本の火山灰土との比較検討を目的として,ロシア,カムチャッカ半島に分布する火山灰土に関する調査を行った.カムチャッカ半島は日本と同様に環太平洋火山帯の一部に属し,火山活動が活発な地域ではあるが,日本の北方(北緯50゜〜62゜)に位 置しているため,日本とは異なる寒冷な気候下にある.このような地域における火山灰土の生成過程を検討することによって,日本の現在,および氷河期における火山灰土の生成環境を考える上で重要な情報が得られると考えられる.
2.調査地域と研究方法
カムチャッカ半島は,半島南部の州都ペトロパブロフスクと半島中央部のクリチでの年平均気温がそれぞれ2.0℃と-1.2℃で,2000mを越える高山には氷河が形成されている.植生の垂直分布や,雪線の位 置から考えて,カムチャッカ半島の現在の気候環境は,氷河期の日本列島北部の気候環境とほぼ同じだと考えられる.
カムチャッカ半島は太平洋プレートの北アメリカプレートへの沈み込み帯に沿って延びる千島弧 の北端に位置する.半島の東岸に沿って延びる火山帯には,多くの活火山が分布し,その噴出物は半島全域を覆っている.特に火山帯の北端部,アリューシャン弧 との会合部に位置するクリチェフスコイ火山群は極めて活動的で,最近300年間の噴出物の体積は,千島弧 全体の噴出物の体積の約半分を占める.
火山灰土は,西岸の低地を除く広い地域で認められる.大部分が褐色の火山灰土であるが,一部地域では最上部に黒色の火山灰土が認められる.
今回の調査では,先に述べたクリチェフスコイ火山群を中心にその東西の数カ所で完新世の火山灰土の断面 を記載し,試料を採取した.採取した試料については,光学顕微鏡およびX線回折分析による鉱物組成の測定と,篩分法および沈降法による粒度分析を行った.
3.結果と考察
a.カムチャッカ半島に分布する火山灰土の粒度組成は,日本の火山灰度と同様に,一次テフラ,砂丘砂,黄砂のような単一の給源から供給された風成堆積物に比べ淘汰が悪い.このことは,火山灰土が複数の給源からもたらされた粒子から構成されていることを示すと考えられる.また,カムチャッカの火山灰土は,北海道南部の火山灰土に比べ粗粒な粒子の占める割合が多い傾向が認められる.これは,寒冷な気候と活発な火山活動の影響のため,裸地が広く存在すること,河川の掃流物質が多いこと,一次テフラが頻繁に供給されることが原因であろう.
b.クリチェフスコイ火山およびトルバチク火山山麓に認められる最近約3000年間の堆積物は,多数の火山砂層が成層した岩相を示す.示標テフラShiveluchi 5(ca. 2.5ka)やKsudach 1(ca. 1.7-1.8ka)との層序関係から,同時期に形成されたと考えられる堆積物は,火山から離れるに従って成層構造が徐々に不明瞭になり,火山から150km以上離れたエッソでは広域火山灰の間に無層理の褐色あるいは暗褐色の火山灰土が挟まるといった岩相を呈する.また,Ksudach 1より上位の火山灰土の層厚は,火山から離れるに従って減少していく傾向が認められる.このような火山からの距離に伴う岩相・層厚の変化は,小規模噴火の火山灰が,直接火山灰土の生成に寄与していることを示すものと考えられる.
c.火山や氷河から流れ出す氾濫源が広く掃流物質が多い河川の近傍および高山域では,火山灰土の層厚が増大し,粗粒物質の含有量 が大きくなる傾向が認められる.これは,これらの裸地からもたらされる粗粒な風成粒子が火山灰土の生成に寄与していることを示す.
d.火山灰土を構成する粒子は,火山岩片が大部分を占め,日本の火山灰土のように粒度による鉱物組成の変化は明瞭ではない.しかし,異なるタイプの火山岩片が混在していることや,円磨された特徴をしめす粒子が含まれることから,複数の給源から供給された二次的な風成粒子を多く含むことが推定される.
e.カムチャッカ半島の火山灰土の粘土画分についてのX線回折曲線には,日本の火山灰土のように結晶性の粘土鉱物(イライト,クロライト,石英,長石)の存在を示すピークが認められない.このことはカムチャッカ半島が,大陸のタクラマカン砂漠やゴビ砂漠から日本へ広域風成塵をもたらしている風系の影響外にあることを示していると考えられる.
以上のように,カムチャッカ半島に分布する火山灰土の特徴から,この地位域に分布する火山灰土は,火山の小規模噴火の火山灰および,高山や河川氾濫原などの裸地からもたらされる風成粒子など,複数の給源からもたらされた粒子から構成されていると考えられる.それぞれの給源からもたらされる粒子の割合は,地域や時代(火山の活動度や気候の変化)によって変化していると考えられる.これまでの分析では,大陸からの広域風成塵の混入を示す証拠は認められなかった.しかし,粘土サイズ(2ミクロン以下)の粒子は存在することから,その給源についても検討する必要がある.今後,氷河期の堆積物や,大陸に近い西岸地域の試料についても検討を行っていく必要がある.