カム植生遷移

カムチャッカ半島中部における植生遷移と土壌環境

Relationship of soil environments to vegetation successions
in the middle part of the Kamchatka Peninsula
山縣耕太郎（上越教育大学）
Kotaro YAMAGATA (Joetsu University of Education)
キーワード：カムチャッカ半島，植生遷移，土壌環境，火山灰土，火山灰編年学
Keywords: Kamchatka Peninsula, Vegetation succession, Soil environment, Volcanic ash soil, Tephrochronology

1．はじめに
カムチャッカ半島の森林は，シベリアと並んで最も北にある森林であり，完新世においても，広い範囲で氷河・周氷河作用による攪乱をたびたび受けてきた．近年では森林火災の増加による森林破壊が大きな問題となっている．山縣・曽根（2003）は，カムチャッカ半島西部スレディニ山脈での調査から，この地域の主要な植生（カラマツ，ダケカンバ，ハイマツ，ミヤマハンノキ林）の立地が，土壌環境に大きく支配されていることを明らかにした．このような，植生に対する土壌環境の影響は，植生攪乱後の遷移過程においても，重要な支配要素になっている可能性が考えられる．
演者らは，カムチャッカ半島の各地で火山灰編年学的な手法に基づき，氷河地形，周氷河地形の編年を行ってきた．また，森林火災跡地の土壌調査に関わり，火災後の経過年数の異なる森林を観察している．本研究では，これら編年された地形と，その上に成立している植生の関係を整理して，カムチャッカ半島中部における植生遷移の系列とその時間スケールについて検討を行う．
高山帯における植生遷移の系列と進行速度については，小泉（1995）や水野（1989）によって，それぞれ日本アルプスやケニア山で検討が行われている．カムチャッカ半島には完新世の広域テフラが多数存在するため，長い時間スケールの植生変化を詳細に検討することが可能である．

2．クロノツキー半島カレイタ氷河
カムチャッカ半島太平洋沿岸に位置するカレイタ氷河の周囲には，過去の氷河拡大期に形成されたモレーン群が発達している．現在の氷河前面にも小氷期以降に形成された複数のターミナルモレーンが認められる．これらのモレーンの形成年代を過去の記録，空中写真，およびテフラを用いて明らかにし，その上に発達する植生を比較した．その結果，以下のような遷移過程が推定された．モレーン上の植生は，氷河から解放後40年程度はほとんど無植生であるが，数百年経った段階でミヤマハンノキ林がモレーンのリッジ上に成立する．ただし，積雪が長期間残存するモレーン間の凹地では，この過程が著しく遅れる．さらにモレーン形成後1000年以上が経過して土壌層が十分に厚くなった段階でダケカンバ林が成立する．

3．スレディニ山脈エッソ周辺高山域
半島西部のスレディニ山脈は，大陸的な気候環境の中央低地と海洋性気候の西海岸地域の中間に位置し，地形の起伏が大きいことから多様な環境条件が存在する．その中で，エッソ東方標高約1000mに位置するカール地形内には，テフラとの関係から安定時期が異なる４つの周氷河斜面を区分することができる．これらの斜面に成立している植生を比較した結果，以下のような遷移過程が推定された．周氷河斜面の表層はマトリックスを欠くため，植生の侵入は困難で，斜面安定後100年以上はほとんど無植生である．部分的に空隙が埋められ，土壌の形成が開始した段階でハイマツが侵入する．さらに土壌が成長するのに伴ってミヤマハンノキ林が成立し，2000年以上経って土壌が十分に成長した段階でダケカンバの極相林に移行するものと考えられる．同じカール内でも基岩の節理密度が小さく大きな岩塊が生産されているところでは，岩塊の間の空隙が大きく，土壌の生成が遅れるため，植生の遷移過程も進まない．

4．カムチャッカ中央低地～エッソ周辺の森林火災跡地
森林火災のように攪乱後も表土が維持される二次遷移の場合には，一次遷移とは異なる遷移系列をたどり，極相に達するまでに要する時間も大幅に短い．カラマツ林で火災が発生した場合には，林床のハイマツが強力な燃焼材となって壊滅的な被害をもたらす場合が多い．しかし，火災の1～2年後にはダケカンバなどの侵入が始まり，10～20年後にはダケカンバ林が成立する．スレディニ山脈のように永久凍土が分布する地域においても，火災後に永久凍土が消失することによって永久凍土上には生育しないダケカンバが侵入することが可能となる．ダケカンバ林では，地表のリター層が燃焼する形で火災が進行し，多くのダケカンバが生き残るため，ダケカンバ林が持続する．
5．まとめ
カムチャッカ半島中部における植生遷移の系列とその進行速度を検討した結果，以下のことが明らかになった．氷河，周氷河作用によって表土が消失した後の一次遷移と，攪乱後も土壌が保持される森林火災後の二次遷移とでは，遷移の系列とそれに要する時間が大きく異なる．特に，森林火災後には20年程度で成立するダケカンバ林が，土壌が喪失してから再生するまでには1000年以上の時間を要する．
一次遷移の過程は，この地域に広く分布する火山灰土の成長に伴って進行する．火山灰土とは，火山灰を主体とした風成塵が徐々に堆積した堆積物である．このため，表層堆積物のマトリックスの有無が，土壌の成長を介して遷移の系列や進行速度に大きな影響を与えていると考えられる．また，永久凍土の消長も，遷移系列の重要な支配要因となっている．