カラハリ砂漠西部における古砂丘の安定時期


山縣耕太郎(上越教育大)


The age of dune stabilization in the western part of the Kalahari Desert
Kotaro YAMAGATA (Joetsu Univ. of Education)


カラハリ砂漠は,アフリカ南部中緯度帯に位置する砂漠である.現在のカラハリ砂漠は,大部分がサバンナ,あるいはステップの景観を呈し,北部には森林も見られる.しかし,過去には植生がほとんどない文字通 りの砂漠であった時代があったと考えられている.その最も顕著な証拠が古砂丘である.カラハリ砂漠および,その周辺には広い範囲に砂丘地形が分布する.現在これらの砂丘は,植生によって覆われ,固定されている.
カラハリ砂漠の古砂丘については,古環境変化の指標として従来の研究においても注目されてきた.しかし古砂丘堆積物は,有機物を含むことがまれであるため,形成された年代を知ることが難しかった.近年,光ルミネッセンス法(OSL法)という新しい年代測定法が開発され,この状況は大きく変化した.最近10年間にOSL法による古砂丘砂の年代測定結果 が数多く報告されている.ところが,現在までに得られている年代値は,160,000年前〜6,000年前までの範囲でかなりばらついている. Thomas and Shaw(2002)は,こうしたデータをもとに線状砂丘の形成が,最終氷期以降何度も繰り返し起こり,その時代は地域によって異なっていたと考えた.はたしてこのような気候変化モデルは妥当なのであろうか.この問題を検討するために,本研究では砂丘間に発達するカルクリートの年代を測定して,古砂丘の安定時期を検討した.
カルクリートは,毛管現象による地下水の上昇,蒸発によって地表付近にできる石灰(CaCO3)に富む集積層である.線状砂丘の砂丘間凹地では,地下水面 が比較的浅いところにあるため,顕著なカルクリートが形成されている場合が多い.このような顕著なカルクリート層は,砂丘と砂丘間凹地の配置が現在のように定まった後に,砂丘間凹地の地形に対応して形成されたはずである.すなわち,カルクリートが形成された年代を知ることができれば,砂丘が現在の位 置に固定された年代を知ることができる.カルクリートは,石灰(CaCO3)を多く含むので,放射性炭素年代測定が可能であるが,放射性炭素年代測定の対象としては必ずしも適していない.なぜならば,同じ層準に異なる年代に生成したカルクリートが,混在する可能性があるためである.このため,カルクリートから得られた年代は,必ずしも形成が開始した年代を示していない場合がある.
カラハリ砂漠の中では比較的湿潤なナミビア北部と,カラハリ砂漠で最も降水量の少ないナミビア東部の古砂丘において,砂丘間凹地に形成されているカルクリートの年代を測定した.測定の結果 は,それぞれ,ナミビア北部:28,280±220 y BP;ナミビア東部:25,980±190 y BPおよび,39,040±760 y BPとなった.先にも述べたように,実際にカルクリートの形成が始まったのはこの年代より古くなる可能性がある.しかし,2.5〜4万年前には,すでに砂丘が現在の位 置で固定されていたことは確実である.
従来の研究において,OSL年代測定に供された試料は,ほとんどが砂丘の尾根付近で採取されている.尾根付近は,砂丘地形の中でもっとも乾燥しやすい部分であり,降水量 の少ないカラハリ砂漠南西部では,現在でも古砂丘の尾根付近の植生が後退して,砂丘砂が再移動している様子を観察できる. 2万年より若い年代値は,砂丘全体が活動していたというよりも,尾根付近のみで砂丘砂の一部が再移動していた時代を示しているものと考えられる.今後,砂丘深部や砂丘間凹地を含めた複数の位 置で年代測定をおこなって,砂丘全体の形成史を明らかにしていく必要がある.
現在南部アフリカで活動している砂丘が存在するのは,年降水量100mm以下のナミブ砂漠に限られる(写 真1-d).サハラ砂漠においても現在活動している砂丘と固定された砂丘の境界が年間降水量 150mmあたりにある.従って,約3〜4万年前のカラハリ砂漠の砂丘が活動していた時期には,現在古砂丘が分布している範囲が,年間降水量 150mm以下になっていたと考えられる.すなわち,年降水量150mmの等値線に囲まれる範囲が,現在よりも1200km以上拡大していたことになる.これに対して,2万年以降の乾燥期に,どの程度の乾燥化が起こったのかについては,今後の検討を要する.
過去において起こった乾燥化の現象は,現在起こっている砂漠化現象を理解する上で重要な知見を提供するものと考えられる.また,今後砂漠化がさらに進行した場合の将来予測に対しても示唆を与えるであろう.
 本研究は,文部科学省科学研究費補助金・基盤研究A(1)(研究代表者:水野一晴)「アフリカ半乾燥地域における環境変動と人間活動に関する研究」の一環として行われている.