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A proposal of tephra stratigraphic division based on the identification of volcanic ash soils and reconstraction of the late Quaternary tephra sequence in southwestern Hokkaido

火山灰土の認定に基づくテフラ層序区分法の提案と北海道西南部テフラ層序の再構築

山縣 耕太郎

要旨

 テフラの層序区分はテフロクロノロジーの基礎的な作業であり,テフラの調査はテフラの区分から始まるといえる.すなわち層序区分を行うためには,まず層序の基準単位の同定基準を明確にしなくてはならない.テフラの基本層序単位は,比較的長い休止期で前後を限定された一連と考えられる噴火(一輪廻の噴火;中村ほか,1963)に相当する堆積物を一枚のテフラ層(tephra formation)とするのが最も妥当である.実際に一輪廻の噴火に相当するテフラ層を認識するためには,一連のテフラ層のグループから噴火の休止期に形成した層を認定する必要がある.この最も適当な認定基準としては,形成速度が遅く,陸上に堆積したテフラ層の間に一般的に認められる火山灰土が最も適当だと考えられる.多くの火山灰土は,岩相によってテフラ層と容易に区別することができる.しかし,層厚が薄い火山灰土と,風化した細粒のテフラとの判別は困難な場合がある.そこで本論文では,火山灰土の認定に基づく一輪廻の噴火に対応するテフラ層の同定に有効な,火山灰土の明確な認定基準を確立することを目的とした.

 研究対象は,北海道南西部の後期更新世以降のテフラ群である.この地域には,後期更新世以降に活発な活動を行った8つの火山(支笏,クッタラ,洞爺,羊蹄,濁川,駒ヶ岳,恵山,銭亀)が存在し,多量のテフラが堆積している.これらのテフラの層序については従来多くの研究が行われてきた.しかし,従来の研究では層序区分の基準が明確に定義されていないことから,研究によって層序区分のくいちがいが認められる.

 判別基準の検討を行った模式露頭において,約9千年前に堆積したTa-dより上位の火山灰土は黒色の腐植質であり,Ta-dより下位の火山灰土は褐色である.特に更新世に生成した褐色の火山灰土は,風化した細粒の一次テフラと岩相が似ているため,火山灰土であるかテフラであるかの判別が困難な場合がある.そこで,まずTa-dより上位の完新世のテフラ層と火山灰土を対象に,粒度組成,有機炭素含量,植物珪酸体含量,一次鉱物組成,粘土鉱物組成の5つの指標について検討した.その結果,テフラ層と火山灰土の間に以下のような差異が認められた:1)有機炭素含量,植物珪酸体含量は,火山灰土の方が多く有意な差がある;2)火山灰土の一次鉱物組成には,普通輝石と黒雲母が共存するなど,北海道南西部のテフラ層には認められない鉱物組み合わせや,粒度によって鉱物組み合わせや鉱物組成が大きく変化するなどテフラ層には認められない特徴が認められた;3)テフラ層の粘土画分には,非晶質粘土鉱物以外の鉱物が認められないのに対して,火山灰土中には,緑泥石,スメクタイトなどの結晶性粘土鉱物や,石英,長石の存在が顕著に認められた.

 さらにこれらの指標を用いて,Ta-dより下位の火山灰土と細粒テフラ層の判別を行った.判別が困難な細粒の堆積物について,植物珪酸体含量,一次鉱物組成,粘土鉱物組成を検討した結果,火山灰土と共通する特徴をもつものと,テフラ層と共通する特徴をもつものとに区分することができた.このことから,これらの指標が,火山灰土判別の指標として有効であることが追認され,模式露頭の後期更新世のテフラ群は,18のテフラ層に区分されることが明らかになった.ただし,それぞれの指標は,単独では確実な同定をすることができず,複数の指標によってクロスチェックする必要がある.2%以上の植物珪酸体を含んでいる場合には,その堆積物は火山灰土であると判断され,イライト,スメクタイト,クロライトなどの結晶性粘土鉱物を多く含んでいる場合にも火山灰土であることが強く支持される.一次鉱物組成は定量的な判別基準を設けることが困難であるため,他の2つの指標の補完的な指標と考えられるが,周辺の火山の噴出物中には認められない鉱物組み合わせを持つ場合には,その堆積物は火山灰土である可能性が高い.

 火山灰土とテフラ層の特徴の比較を行った過程で明らかになった火山灰土の特徴をもとに,火山灰土の成因について考察した.火山灰土は,他の風成堆積物に比べて淘汰が悪く,粒度によって鉱物組成が変化することから,下位のテフラ層の残積性の物質(residual material),火山の一次的な生成物,周辺の裸地から供給された風成粒子,遠隔地からの風成塵など,複数の給源からもたらされた粒子から構成されていることが推定された.また,火山活動の消長や気候変化に対応して,粒度組成や堆積速度が変化することが明らかになった.

 確立された火山灰土の認定基準に基づき,火山灰土を指標として従来行われた北海道南西部のテフラ層序区分を再検討した.その結果 ,いくつかの層準で従来は別のテフラ層と考えられていたテフラが,同一輪廻の堆積物であることが確かめられ,一連の噴火の堆積物と考えられていたテフラのいくつかが,複数の噴火によってもたらされものであると判断された.その結果 ,北海道南西部には,後期更新世および完新世の爆発的噴火のテフラ層が少なくとも52分布していることが明らかになり,それぞれの火山の噴火史も再構築された.支笏,クッタラ,洞爺,羊蹄火山には,小規模噴火を頻繁に行った時期が認められ,大規模な爆発的噴火のテフラ層の多くは,火砕流,降下火砕物,サージなどの複数の部層から構成されていることが明らかになった.