教職大学院でも大切にしたいこと

(2)「解釈学的アプローチ」

     ところで,1つの例として取り上げた「知的自律性」ですが,これが授業で実現されているかといいますと,これがなかなか難しいのが現状です。勿論,これが実現されている素晴らしい教室を私はみてきました。

     しかし,例えば,先生が指名しなければ生徒が発言することはほとんどないという教室も少なくありません。算数・数学を指導している教師も上述したような児童生徒の理想的な姿を強く望んでいるのです。それにもかかわらず,どうして現状は教師の望むこととはむしろ反対の教室になってしまうのでしょうか?どうすればこのような状況を打破し改善することができるのでしょうか?

     この問題はそれほど単純ではありません。授業という1つの実践は,それぞれの「教室」がもっている独特の文化の中で実現されている複雑なシステムであり,教師が教材にみる価値,一人一人の子どもの個性,人間関係など,様々な要素が非常に複雑に絡み合っているからです。それでは,上の問いに対してどのようなアプローチが可能なのでしょうか。

     私は,それぞれの教室を1つの小さな社会とみて,そこでどのようなことが起こっているかを調査し,よりよく理解することがその出発点として重要であると考えています。その際,特に,教室における「教師と生徒の相互作用と数学学習との間の関係」に関する研究を重要な手がかりとしています。

     その研究手法は,数学教育学の分野ではドイツのH.Bauersfeld氏らが最初に始めた質的な研究方法*3)です。例えば,教室での実践は,主に,数台のビデオカメラとICレコーダー,フィールドノートによって記録します。そして,実践が終了してからこれらの記録を基に授業の詳細な筆記録を作成し,教室で何が起こっていたかを詳細に分析していきます。

     その研究手法の詳細はここでは述べるスペースがありませんが,教室で起こっている事実は「どうすべきであった」という観点からではなく,「どのようにしてそれが起こってるか」という観点から「よりよく理解する」ということを試みていくわけです。これが「解釈学的アプローチ」です。

     例えば,生徒と教師の間でスムーズに展開される相互作用のパターンはどのようなものでそれはどのようにして築きあげられているのか。その相互作用に参加している生徒は一体何をしているか。そこで,生徒が構成する数学的意味はどのようなものか。

     これらは「解釈学的アプローチ」のテーマの典型的な例であり,このような学校数学における授業のマイクロプロセスを質的に分析することによって,授業における問題の本質をよりよく理解し,その改善を検討する具体的な手がかりを得ることができるわけです。


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