中学校2年生地理的分野
アメリカ先住民と沖縄
〜アメリカ先住民の文化を取り上げ、沖縄の文化を探る学習〜
上越教育大学学校教育学部附属中学校 桑原 陽一

1 はじめに
(1) 新学習指導要領との関係
 本実践は、アメリカの先住民族と沖縄の伝統的な生活・文化の共通性に着目し、日本における沖縄の地域的特色の一端を明らかにしようとすることをねらいとする。
 日本の地域的特色については、新学習指導要領の地理的分野の目標(3)に次のように記されている。
 「大小様々な地域から成り立っている日本や世界の諸地域を比較し関連付けて考察し、それらの地域は相互に関係し合っていることや各地域の特色には地域的特殊性と一般的共通性があること、また、それらは諸条件の変化などに伴って変容していることを理解させる。」
 また、2内容(3)アの「世界と比べて見た日本」の中で次のように記されている。
 「世界的な視野から見た日本の地域的特色と日本全体の視野から見た国内の諸地域の特色を追究し、我が国の国土の特色を様々な面から大観させるとともに、地域の規模に応じて、また、地域間を比較し関連付けて、地域的特色を明らかにする視点や方法を身に付けさせる。」
 さらに、3内容の取扱い(5)イでは、次のように記されている。
 「世界的視野から見た日本の地域的特色については、日本を一つの地域として取り扱うようにすること。また、国内の地域的特色については、日本全体の視野という点に留意し、類似性や傾向性に着目してとらえ、都道府県規模よりも細かな事象には深入りしないこと。」
 このように日本の地域的特色については、世界的視野から世界と比較し関連付けてとらえることと、環境条件や人間の営みなどと関連付けて考察していくことが求められている。
(2) 教材化の意義や教師の教材観
 沖縄は、先史時代より生活圏を築き、独自の文化を形成してきた。それは、衣食住や言語、祭祀、信仰など多岐にわたり、また、相互に関連し合って独自の生活様式や価値観を形成している。沖縄の文化は、沖縄のおかれた地理的位置や自然環境などの影響を受け、そしてこれまでに営まれてきた歴史が背景に存在している。近年、この独自の文化を再評価しようとする外からの動きや、社会の中で新たな位置付けに変革しようとする内からの動きが起こっている。このような動きの中で、沖縄とは何か、文化とは何かを学ぶことの意義は大きい。本実践では、アメリカ先住民と沖縄の伝統的な生活・文化を学ぶ場を設定した。そうすることで、生徒が地域の生活・文化の特色を明らかにする視点や方法を身に付けることができると考えたからである。地域の伝統的な生活・文化は変容し、地域による差異がなくなりつつある中で、地域の特色を探っていくことは大切である。
 「人種のサラダボール」とも「人種・民族のモザイク」とも形容されるアメリカは、多くの人種や民族の集合体であり、そこから派生する多様な文化を受容し、活力として進展してきた。その中の一つであるアメリカ先住民は、その独自の文化が現在のアメリカで再評価されてきている。全米各地でアメリカ先住民の博物館が設置され、彼らの文化の見直しが行われているのは、そのよい例である。このことは、1993年に国連が取り組んだ「国際先住民族年」が少なからず影響を与えているのも事実であろう。そして、物質文明が行き詰まりを見せている現代社会において、過去の歴史を振り返り、自然と共存してきたアメリカ先住民の文化を再認識しようとする気運が盛り上がってきていることも指摘できる。アメリカ先住民と沖縄の伝統的な生活・文化には共通性があり、沖縄を追究する方向付けができると考えるのである。
(3) ねらい
アメリカ先住民の独自の文化や考えに興味や関心をもち、それをもとにして沖縄について追究しようとする。
アメリカ先住民の学習を生かして、沖縄について問題意識をもって追究していく。
沖縄の独自の文化について、多様な方法で情報を収集し、自分の考えや思いを豊かに表現する。
アメリカ先住民の現在の様子と沖縄の現在の様子を比較し、どのように自己と関わっていくか思いを巡らす。

2 学習活動の構想(単元構想)
 アメリカ先住民の独自の文化や考えにふれて、問題意識をもちながら沖縄の学習を進めていくように、次の学習活動を構想した。

(8時間)
主な学習活動主な教師の支援
1)アメリカ先住民の独自の生活様式や価値観を探る。
  ・伝統的な衣食住
  ・独自の世界観や価値観 1時間
○アメリカの農業博物館で収集した資料を提示して、アメリカ先住民の独自の生活様式や価値観を紹介する。
2)アメリカ先住民の歴史や現在の生活の様子を探る。 1時間 ○カーネギー博物館の展示品や農業博物館でのアメリカ先住民から聞き取りをした様子を紹介する。
3)沖縄の歴史、文化について追究する。  3時間 ○多様な情報収集ができるよう示唆する。
4)追究成果を発表し、アメリカ先住民と沖縄の歴史、文化、現在の様子を比較し、共通点と相違点を明らかにする。 2時間 ○根拠に基づいた考えとなるよう資料を吟味し、他の多様な考えを生かしながら比較するように助言する。
5)沖縄と自己がどのように関わっていくべきか、思いを巡らす。 1時間 ○自己の問題として考えていく場を設定する。

1) まず初めに、「アメリカ先住民の独自の文化や考えを探る」場を設定する。ここでは、アメリカで収集した資料を観察し、意見交換をする場となる。アメリカ先住民の独自の文化については、衣食住を生活圏の自然から工夫して取り入れていることを把握する。伝統的な生活は、バッファローを中心とする狩猟生活であり、農耕生活も営んでいたことに気付いていく。また、自然との関わりの中から育まれた、自然を崇拝し自己を自然の中に取り込んだ考えにふれ、独自の価値観をもつことにいたる背景を気付かせる。
2) ここでは、「アメリカ先住民の歴史や現在の生活の様子を探る」場を設定する。博物館に展示されている資料を観察したり、アメリカ先住民自身が語る生活の様子を聞いたりして、視聴覚に訴える教材を基に理解を深めていく。そして近年、民族自決運動の盛り上がりにより、新たな道を築こうとする動きについてふれる。
3)ここでは、「沖縄の歴史、文化、現在の様子について追究する」場を設定する。アメリカ先住民についての文化や歴史を基として、これまでの学習を想起しながら沖縄の歴史や文化などについて追究テーマを設定し、追究していく。
4)ここでは、「追究成果を互いに共有し、アメリカ先住民と沖縄の共通点と相違点を考察する」場を設定する。文化、歴史、生活、現在の姿などを互いに比較することによって、両者の共通するところ、相違しているところが浮き彫りとなる。特に、共通点を中心に、それが何に起因しているのかを明らかとしていきたい。
5)ここでは、「沖縄と自己がどのように関わっていくべきか、思いを巡らす」場を設定した。修学旅行で実際に訪れることになることと、将来の自己にとって考えていかなければならない沖縄について思いを巡らすことになる。追究成果に基づいて、多様な観点から考察し、自分との関わりとして向き合っていくことになるであろう。

3 主な授業の構想
写真1:韓国ソウル市
写真2:沖縄県宮古市
写真3:アメリカ合衆国
ミネソタ州
 最初に数枚の写真を見せて、どこの国のものかを考えさせた。写真は、「韓国ソウル市」、「沖縄県宮古市」、「アメリカ合衆国ミネソタ州」である。
教師「これはどこの国だと思いますか。写真にある人々や風景に注目して考えてください。」
生徒「写真1は、近代的なビルディングと伝統的な建物が一緒にあって不思議な感じがします。」
教師「これは、ある国の首都です。みんなのなかに行ったことがある人もいるのではないかな。」
生徒「あっ、わかりました。韓国のソウル市だ。」
生徒「写真2は、牛を使って作業をやっているようなのだけど・・・。作業着は日本でもみられるものです。」
教師「右側手前にある植物は何だと思う。実はこれはサトウキビなのです。」
生徒「暖かい地方の写真ですね。伝統的な作業風景に見えます。」
生徒「写真3は、大平原という感じです。地平線までずっと緑の草原が続いています。北海道で似たような風景を見たことがあるのだけれど・・・。」
教師「一面に広がる緑は、畑です。作物は大豆なのですよ。」
 生徒の予想から出てきた国は、写真1が韓国、中国など、写真2が中国、韓国、フィリピン、ベトナム、インドネシアなど、写真3が、日本、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどであった。この後、それぞれの写真の国々を紹介した。
 次に、生徒のアメリカ先住民に関するアンケート結果を紹介し、以下の展開に移った。
教師「さて、今日からアメリカの先住民について勉強していきます。みんなはインディアンについて知っているよね。なぜ、かれらをインディアンと呼ぶのかわかるかな。」
生徒「えーと、たしかコロンブスがアメリカに到達したときに、そこをインドと信じていたために人々をインディアンと名付けたと思います。」
写真4:イヌイットの生活
教師「そのとおりだね。つまりインディアンとはコロンブスの誤った認識から生まれた呼び方なんだ。それに対して1960年代に北アメリカ先住民の民族自決運動が盛り上がり、インディアンという呼び方をやめてネイティブアメリカンと呼ぼうという動きがあるんだ。」
生徒「それはイヌイットと似ている感じがします。もとはエスキモーと呼ばれていたのをイヌイットと変えていったことがありましたよね。」
教師「その通りだね。イヌイットはアラスカやカナダの北部を中心に居住していた先住民族だったよね。ネイティブアメリカンはかれらも含めて使われているんだ。したがって、イヌイットといわゆるインディアンは同じグループと見られているんだ。たしかに共通点があると思うが。」
生徒「衣服が共通していると思います。動物の皮を利用していました。」
教師「その通りだね。かれらの衣服はどのようなものか知っていますか。」
生徒「鳥の羽根を結んで頭にかぶったり、衣服につけたりしています。」
生徒「動物の皮を衣服の材料にしていると思います。」
写真5:カーネギー博物館の展示
写真6:農業博物館の様子
写真7:ティーピーの全体
写真8:ティーピーの内部
教師「この写真を見てください(写真5)。アメリカのカーネギー博物館に展示されているアメリカ先住民の衣服です。この羽根は鷲の羽根で、勇敢な男性だけがかぶることができたのだそうです。中央部の平原に住むアメリカ先住民の独自のものです。」
教師「それでは、この写真を見てください(写真6)。中央の人物がアメリカ先住民です。彼はアメリカ中央部に住んでいたラコタ族の末裔です。私たち訪問客に伝統的なアメリカ先住民の生活を説明してくれました。」
生徒「衣服はTシャツやGパンと、現代風のものを着ているんですね。」
生徒「言葉は何語を話しているのですか。」
教師「英語です。彼は、おもに伝統的な家と信仰について語ってくれました。この写真を見てください(写真7)。これはティーピーと呼ばれるテントです。ティーピーとは彼らの言葉で家を意味します。これを見て気付いたことを発表してください。」
生徒「長く細い木を骨組みにして、上部で束ね、その周りを布のようなもので覆っています。非常に簡単な作りに見えます。」
教師「簡単な作りなのはどうしてだろう。」
生徒「移動生活をしていたから。」
教師「そうだね。彼らの生活は狩猟と農耕を行っていましたが、狩猟にはこうしたテントの方が向いていたんだね」
生徒「テントには赤と青で模様が描かれていますが、これは何か意味があるのですか。」
教師「この写真を見てください(写真8)。これはテントの内部の様子です。ここにも青と赤で幾何学的な模様が描かれています。この模様については、実際にビデオを見てもらいましょう。」

 

 

 

写真9: 農作業風景
写真10:農作業風景
写真11:カーネギー博物館にて

 

 

 

 

【ビデオの内容】
ネイティブアメリカンはもともと文字をもっていなかった。したがって、後世に伝えるための方法として、口から口へ語り継いでいくか、ものとして受け継がれていく方法をとった。
テントは3本の木を紐で結わえて立て、それをもとに木をたしていき、その周囲に布を巻いた。もともとはバッファローの毛皮を用いていたが1890年頃からビニルに変わっていった。建てるのは2人でできた。
テントの赤い色はラコタ族にとって最も重要な色である。テントの内部の模様は過去の歴史を物語っている。
教師「ビデオの感想を聞かせてください。」
生徒「2人で建てられるとは驚きました。」
生徒「色にこだわりをもっているとは知りませんでした。」
教師「それでは、彼等の信仰について紹介しましょう。実はこれまで見てきたテントにも深い意味が込められているのですよ。ビデオを見てください。」

【ビデオの内容】
ラコタ族と近隣で共に生活する3つの部族は、それぞれ自然界の4つのものを分担して司っている。ラコタ族は大地を司り、他の3つの部族はそれぞれ空気、水、火である。そして、それぞれを象徴する色をもち、ラコタ族は赤、空気は黒、水は青、火は黄色である。
神聖なものとして重視してきたものは天の星とバッファローである。テントの高さは天と大地を結ぶものであり、テントの円錐形の幅はバッファローの移動を表している。
教師「ビデオの感想を聞かせて下さい。」
生徒「狩猟生活をしていたのだから自然と共に生き、自然から恩恵を受けていたと考えられます。だからこそ、バッファローや星々を大切にし、語り継いできたと思います。」
教師 「自然の中で生活していたからこそ、生まれてきた考えのようだね。ところでダコタ族は狩猟だけでなく農耕も行ってきたんだ。かれらの作業風景を見てください(写真9)。この作物はなんだかわかりますか。」
生徒「トウモロコシです。」
教師「中央の帽子をかぶっているのは人形です。 動物からトウモロコシの実を守るためにつくったものです。日本でも以前はよく見られた風景ですね。それから、次の写真を見てください。トウモロコシの植わっている部分は土を盛ってマウンドにしているでししょう。これはどうしてかわかるかな。」
生徒「うーん、どうしてだろう。」
教師「それは、根腐れを防いでいるんだよ。身の回りの畑を見てごらん、同じ工夫がされているはずだよ。」
生徒「そういえば、同じ光景を見たことがある。」
教師「それでは最後に、この写真を見てください(写真11)。 これはアメリカ先住民が今日住んでいる場所。気付いたことはあるかな。」
生徒「中央部から西側に点在しています。」
生徒「直線的に区画されています。」
教師 「現在、アメリカ先住民が生活している場が区画されているのはどうしてでしょう。それはアメリカの歴史を振り返らなければ見えてきません。次の時間に彼等の歴史を見ていくことにします。」

4 授業の評価
 今回の授業構想では、修学旅行訪問地である沖縄の学習を深めるために、アメリカ先住民を題材として取り上げ、伝統文化の理解を目的に実践してきた。アメリカ先住民の生活様式や価値観は、アメリカで取材した写真やビデオなどの視聴覚教材を利用することによって理解が深まったと考える。特に、実際に信条について熱心に語るネイティブアメリカンの姿は、自らの精神文化を大切にし誇りに思う気持ちがにじみ出ていた。それを実際の目に焼き付けた生徒は、文献ではなかなか味わうことのできない彼等の真に迫る思いを実感できたと思う。そして、アメリカ先住民の独自の文化が形成された背景を考察することで、彼等の伝統的な生活様式や自然環境、歴史的な歩みなどが影響を与えていることが浮き彫りとなった。文化を理解するためには、文化の特徴を明らかにするだけではなく、その背景にある自然環境や社会環境の把握が重要である。そうした意味においても、今回の訪米で得られた生きた情報が大きいものであったと考える。
 また、独自の文化に接することから、文化にはそれぞれ独自の価値があり、他の文化と比較することによって進んでいるとか遅れているというような格差が存在しないという認識をもたせることが大切である。つまり、文化の多様性を認識し、独自性を尊重する心情が大切であるということである。そうしたとらえができたかというと、今回の実践では時数が充分であったとはいえない。単元の中で今後は沖縄について追究していくことになるが、単元全体で文化の独自性を尊重する心情が育成されていくものと考えている。ただし、アメリカ先住民の学習がきっかけとなり、沖縄の学習では文化をどのようにとらえていけばよいのかという視点をもつことができたとも考えている。

5 参考文献
中屋健一、別枝達夫「新大陸と太平洋」『世界の歴史11』中央公論社1961
五十嵐武士、福井憲彦「アメリカとフランスの革命」『世界の歴史21』中央公論社1998
紀平英作、亀井俊介「アメリカ合衆国の膨張」『世界の歴史23』中央公論社1998
C・バートランド『アメリカ・インディアン神話』青土社1990
スーザン・小山『アメリカ・インディアン死闘の歴史』三一書房1998
阿部珠理『アメリカ先住民族の精神世界』NHKブックス1994
スチュアート・ヘンリ『北アメリカ大陸 先住民族の謎』光文社文庫
デビィット・マードック『ビジュアル博物館 アメリカ・インディアン』同朋舎1998


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