小学校5年 総合的な学習の時間
水のおくりもの
〜日米の国土の特色と水道水〜
上越教育大学学校教育学部附属小学校 常山 昭男

1 はじめに
(1)新学習指導要領との関係
 2002年より全ての小学校で総合的な学習の時間がスタートする。この時間で取り扱う内容は小学校学習指導要領で規定されるものではないが、総則の第3“総合的な学習の時間の取り扱い”の中では「国際理解」「情報」「環境」「福祉・健康」が課題として例示されている。
 本活動「水のおくりもの」は、この4つの課題の中では「環境」と「健康」とのつながりが強い。しかし、今回は本活動を「国際理解」の視点から展開できないかと考えてみた。

当校の総合的学習
 当校においては昭和47年から総合的な教育活動に着手し、昭和55年には総合的な教育活動を教育課程に明確に位置づけた。その一つに4〜6年生が行う“総合教科活動”があるが、これは「現代社会の課題に連なるテーマのもとに内容を統合して、自然、社会、文化などに深く触れていく活動」である。そのテーマは固定したものではなく、教師の願いや子供たちの実態により決められるものである。

(2)これまでの活動
 本活動は、水の循環を追求することで、より広い視野で自然をとらえられるようになること、水質汚染と人間の行為、自分の健康への影響とを関係づけて考えられるようになることをねらいとしてスタートした。そしてこれまでに、人間の生活にとって水がいかに大切な存在であるかということを実感できる活動を行ってきた。
 まず、子供たちが4月に行った「水のおくりもの」調べの中で、その代表格として挙げていた稲の栽培に取り組むことにした。稲作に取り組む中で子供たちは稲作における水の重要性に気付いていったが、同時に「田んぼの水はどうしてなくならないのか?」という疑問をもつ子も現れた。そこで、田んぼに注ぎ込んでいる水を流れに逆らいながら上流へとたどっていくことにした。この活動を通して子供たちは用水路の存在を知り、水を確保するために多くの先人の血と汗、用水を守っている人々の工夫や努力が隠されていることに心を動かされた。
 この活動と並行して、水道水についても目を向けてきた。まずは、家庭での水利用の実態を調べ、その用途の広さと使用量の多さに驚いた。そして、「水道水が使えなくなったらどうなるのか」という疑問をもとに断水体験を行い、水道水の重要性を実感してきた。
(3)教材化の意義や教師の教材観
 これまでの活動で、子供たちは水、特に水道水が自分の生活にとっていかに大切なものであるかを、調査や体験を通して感じてきた。しかし、それがどこから来ているのかという点について疑問を持つには至っていない。そこで、次には水道水の源について目を向けさせていきたいと考えた。
 当校を含む地域に送られてきている水道水は、上越市の西側の山間部を流れるいくつかの小規模な河川の上流から取水し、山のふもとにある浄水場に集められ浄化される。このように山間部から引っ張ってきた比較的質の良い水を水道水に使っている場合が日本においては一般的である。
 ここで一つの疑問点が浮かんでくる。「なぜ、近くにある関川など大きな河川から取水しないのか。川の水を飲用にすることはできないのか。」という疑問である。そして、この点について調べてみたところ、次のようなことが分かった。
・関川は工場や家庭からの排水で汚染され、全国で6番目に汚いという調査結果もある。
(昭和30年頃までは、日本の川の水は世界的に見てもとてもきれいな水であった。それは、し尿を川に流さず農業に活用するというサイクルがあったからである。しかし、経済発展に伴いそのサイクルは崩れ、しかも、水源から河口部までの距離が短く汚れの希釈力が弱いという日本の川の特異な性質もあいまって、川の汚染は驚異的な速さで進んでしまったのである。このことは関川にも当てはまることである。)
・上越市は山地に近く、川の上流から水を引くことが比較的容易である。
 私は、飲料水が及ぼす健康への影響に目を向けるためにも、子供たちが自分たちの飲んでいる水道水が山間部から来ているという事実を知るだけでなく、その理由のの一つになっている、河川の汚染にも目を向けて欲しいと考えた。また、川の上流から質の良い水を平野部にある都市まで引いてこれるのは、国土が狭くしかもその7割を山間部が占める日本ならであるという、国土の特色にも気付いて欲しいと考えた。
 そこで、日本とは逆に平野部が多いアメリカにおいて、鉄工業を主要な産業としながらも都市の中心を流れる河川から直接水を取り入れ飲料水として使っているピッツバーグ市と上越市のケースを対比させることで、そのことに気付かせたいと考えた。
 また、一方では、日本の川の何倍もの広さをもちボートや遊覧船が行き来するアメリカの川や山の見えない風景などの写真、日本とアメリカの川の長さの比較表などを見ることにより、アメリカのスケールの大きさを感じるとともに、アメリカへの関心も高めてくれるのではないかと期待した。

写真1 川で遊ぶ子供たち(日本)写真2 満々と水をたたえた雄大な川(米国)

(4)ねらい
自分の飲んでいる水道水の安全性について疑問をもち、水源を確かめようとする。
地形の特徴と水道のシステムとを関係づけて考えることができる。
日本とアメリカの国土や河川の特徴の違いを明らかにすることができる。

2 活動の構想

  主 な 活 動 ○教師の支援・資料


アメリカ、ピッツバーグの水道水には 市内を流れる川の水が使われていることを知り、上越市の場合はどこから水を取り入れているのか予想する。
上越市の水道水がどこから取り入れられているのか調べ、いくつかの河川の上流にダムを設置して質の良い水を集めていることを知る。
ピッツバーグの浄水場や河川の写真
上越市を流れる関川の汚れについての事実を知らせ、思考をゆさぶる。
上越市の拡大地図に取水ダムを書き込んで提示し、等高線からそれらの標高を読みとらせる。


なぜ、ピッツバーグでは川の水を直接取り入れているのか、提示された資料などをもとにしてその理由を探し、発表する。
アメリカと日本の地図
河川の比較表(長さと面積)
アメリカ各地の風景写真
(○ アメリカの広大さが感じられる写真を大洋紙に貼り付ける。)


国土の特徴と水道システムの関係、日米の国土や河川の違いについて、感じたことや驚いたことを作文シートにまとめる。
これまでに用いた資料を再び提示し、活動を振り返ることができるようにしておく。

3 主な活動の概要
<第1時>    T=教師
「これまでの総合(的な学習)で、水道水がいかに私たちの生活にとって大切なものであるかが分かりましたよね。でも、その水はいったいどこから来ているんだと思いますか。先生はそのことが気になり、この夏、鉄の町として有名なアメリカのピッツバーグに行ったときにそのことを調べてきたので、みんなに紹介します。これは水道水を作っている所です。そこでは集めてきた水をいろんな装置できれいにしたり(写真3を提示)、異常がないか検査したり(写真4を提示)していました。

写真3 浄化システムを説明する職員写真4 検査の内容を説明する検査

 さて、みなさんはこの施設がどんなところにあると思いますか。次の中から近いと思う場所を一つ選んで下さい。A=海の近く。B=川の近く。C=平野部。D=山間部。」
(A、Bを選ぶ者はほとんどなく、CとDの割合が半々ぐらいであった。)

写真5 市内を流れるスリーリバーズ
写真6 川を行き来する遊覧船
写真7 開催されていたレガッタ
「なるほど、分かれましたね。それでは答えを見て下さい。これはピッツバーグ市を流れている川です。三つの川があわさっているので、スリーリバーズと呼ばれています。(写真5を提示)“スリーリバーズ”という映画の舞台にもなりました。
(うなずいている子が何人かいた。)この川では、ボートが行き来しています。また、遊覧船も出て いました。(写真6を提示)。私が行ったときには、ちょうどレガッタと呼ばれるモーターボートのレースも行われていました。(写真7を提示)」
(子供たちは写真を食い入るようにみながら、一枚提示されることに「わあ」「おー」といった声を上げていた。自分たちが知っている川とはずいぶん違って見えたのだろう。)
「実は、ピッツバーグの水道水はこの川の水を最汲み上げて、それをきれいにしたものなんだ。」(子供たちからは「えー」「うそー」といった驚きの声が上がった。)

 あんなに大きな遊覧船やボートが走っている川の水を飲むなんて。ぼくはそのことを知ったとき、「体に害はないのかなあ。」と思いました。(T男の作文シートより)

「では、私たちが住んでいる上越市の水道水は、どこの水を使っているんでしょうか。やはり、関川などの大きな川の水を使っているんでしょうか。」
(ほとんどの子供は首を振ったり、手で「違う」と表現していた。)
「みんな、この考え方には反対のようですが、それはなぜですか。」
N男「以前、新聞の記事で読んだことがあるんですけど、関川にある会社から出た水銀が混ざってしまったことがあるんだそうです。最近でも、それが完全にはなくなっていないということです。」
S男「家庭から出る生活排水も川を汚しています。そんな、汚れた川の水は水道水としては使えないと思います。」
S子「夏休み中に新聞の記事で“関川は全国で6番目に汚い川だと書いてあるのを見付けました。」(この発言に対して、悲鳴にも近いような驚きの声が上がった。)
写真8 高田平野全図
「そうなんです。先生もその記事を読んでかなりのショックを受けました。そして、もし、関川の水を飲料水として使っていたら、と思うとぞっとしてしまいました。そこで、これから、ここに来ている水道水は、どこの水を使っているのかを調べることにしましょう。」
*高田平野全図(写真8)や社会科の副読本を使って調べた。
<第2時>
「この前の時間で、上越の水道水は市の西側にある山から流れ出る川にダムを作って、そこから送られてくる比較的質のよい水を使っているということが分かりましたね。でも、ここで先生の頭の中にはある一つの疑問が浮かんできました。それは

中心開発
 鉄鋼の町にあってボートや遊覧船が行き交い、関川と同様に汚れていると考えられる川の水を、なぜ、ピッツバーグでは飲料水用として利用しているのだろうか。

写真9 訪問先での風景写真
Tという、疑問です。この時間は私のこの質問に対しての答えをみんなで見付けて欲しいと思います。これから、アメリカで撮ってきたいろいろな場所での写真(写真9)、アメリカと日本の地図(山地の割合と国土の面積の違いが如実に分かる物)、いろいろな川の長さと面積をまとめた表(表1)を張り出したり、配ったりしますので。それらを参考にして考えて下さい。」
(最初のうちは子供たちは少しとまどった様子であった。しかし、配られた河川比較表を見て多くの子供がヒントをつかんだようであった。それでも見当がつかない子は席を立ち、解決の糸口を見付けるために、掲示されている資料のもとへ移動した。
 しばらくすると、あちらこちらで「わかったー」「あっそうか」といった声が聞こえてくるようになった。また、「先生、日本とアメリカとではどちらが山が多いんですか。」
「ミシシッピ川の長さは6120kmと書いてあるんですが、ここからどれくらいの距離ですか。」といった質問をしてくる子も少なくなかった。20分くらいたつとほとんどの子供が自分なりの結論を導き出すことができた。)
表1  主要河川比較表
「それでは、これから自分の考えを発表してもらいたいと思います。」
写真10 教室環境
写真11 資料から情報を集める子供
写真12 自分の考えをまとめる子供
M子「アメリカは平坦な部分が多くて、山が少ないのだと思います。だから、川の水を使っているのだと思います。」
A男「付け加えです。山が遠くにあるから、もしその水を使おうとしたら、水を引くのがものすごく大変になります。」
M男「アメリカの川は広くてゆるやかになっています。だから大雨が来ても洪水などの被害が出にくいのだと思います。日本の場合は川の近くに施設を作ったらすぐに壊れてしまいます。だから山の方に作るのではないでしょうか。」
T子「私は、アメリカの川は広くて長いから、同じ量の汚れでも薄まって、日本の川ほどは汚れないのではないかと思います。だから川の水を飲み水に使えるのではないでしょうか。」
「なるほど、みんななかなかいいところに目を付けていますね。では、発表した人以外はどんなことを考えていたのかな。今の発表の中で自分の考えに似ているものがあったら手をあげて下さい。」
(M子の「アメリカには山が少ない」には約60%、A男の「山から水を引くのが困難」には約20%、T子の「川が大きいから汚れも薄くなる。」には約70%の子供が手をあげていた。)
「最後のT子さんの考えは先生は思いつきませんでした。それなのに半分以上の人が同じように考えていたなんて驚いてしまいました。」
このように、子供たちは土地の様子の違いと河川の規模の違い、さらには水道システムの違いとを関係づけて考えることができるようになっていった。 <第3時>
 この時間はこれまでの学習で感じたこと、驚いたことを作文シートにまとめる時間であった。子供たちの声を以下に紹介する。

−国土や地形の違いについて−
写真13 日本とアメリカの比較図
「日本一の信濃川が364km、関川は64kmなのに、ミシシッピ川は6120kmもあるなんてすごいと思いました。」(S子 他多数)
「なんで、ミシシッピ川のように長い川ができるのかが不思議でした。」(M子)
「川の長さや国の面積を比べてみて、日本はちっぽけだなあ、と思いました。」(T男)
「アメリカの川はとても幅が広くて、近くにたくさんの大きな建物が建っていることに驚きました。」(M男)
「アメリカには日本がいくつはいるのかなあ?」(Y子)
「アメリカの川ではモーターボートなどのスポーツが楽しめるので、とてもうらやましく思いました。」(M子 他数名)
「写真を見ていた時に、先生が2時間ぐらいバスで走り続けてもとうもろこし畑や大豆畑がずーっと続いていると言っていたのですごくびっくりしました。」(Y朗)
「アメリカにはあまり山がないので驚きました。」(M恵 他多数)
「日本では写真をとると、後ろの方に山が見えるのに、アメリカの写真は背景に青空が広がっています。どうして日本とアメリカにはこんなにちがいがあるのだろう?アメリカの人が日本に来たら、近くに山が見えてびっくりするだろうなあ。」(T子)

−飲料水について−
「関川の川は汚れているから飲めません。でもアメリカは川の水も飲めるのですごいと思いました。きっと同じ量のゴミが入ってもアメリカの川は大きいので、あまり汚れないんだと思います。でも、日本の水は山から来ている水が多いので、もっとすごいのかな、とも思いました。日本とアメリカってずいぶん違うんだなあと思いました。」(Y子)
「ピッツバーグは鉄の町として有名だということで鉄を製造したときの汚染物質で川が汚れているのではないかと思いましたが、市民は川の水を飲んでいるということで驚きました。」(R男)
「関川は汚れているから飲み水に出来ないけれど、ピッツバーグの川はモーターボートを走らせていたりするのに何で飲み水にできるのだろう。」(S朗)
「ピッツバーグは鉄鋼の町なのに川の水が飲めて、上越では関川の水が飲めないなんて。日本は環境意識に欠けているのだと思います。」(N男)
「日本の水とアメリカの水はどちらがきれいなのか調べてみたいです。」(M江)

−全体を通して−
「日本とアメリカの違いをいろいろと知ることが出来て、とても勉強になりました。」(S朗)
「この学習は驚きの連続でした。アメリカのことがもっと知りたくなりました。」(S子)
「これまで、日本とアメリカの違いについて考えたことはありませんでしたが、すごく違いがあるのでびっくりしました。」(M美)
「アメリカのことは何も知らなかったので、この授業でアメリカってすごい国なんだなあ、と思いました。」(A子)

4 成果と今後の展望
 この活動を通じて、子供たちは日本とアメリカの国土の特徴や規模の違いに驚きを感じると共に、水道水についてもそれぞれの特徴と関連させながら自分なりの考えを創り上げることができた。しかし、現段階では「日本は山が多く山から水が引けるからきれいな水が飲めます。」(F子)という言葉に象徴されるように、子供たちはまだ日本の水についてはあまり危機感を感じていない。
 そこで、今後はアメリカでのホームステイの際にホストファミリーの家で見付けた貯水用ボトルや、近くのスーパーマーケットで見付けた大型浄水器、大型ボトルなどを子供たちに紹介することにより、自分たちの飲んでいる水道水の安全性にも目を向けていってくれることを期待している。
写真14 ホストファミリーで夕食の用意写真15 台所で見付けた多数の貯水ボトル
写真16 スーパーに設置されていた浄水器
写真17 スーパーで売っていた大型貯水ボトル
写真18 買ってきた水が飲料水として食卓に


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