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1.はじめに (1)新学習指導要領の内容との関係 本実践は、アメリカ合衆国のまちづくりを「ユニバーサルデザイン」の視点から取り上げ、生徒にまちづくりの新しい視点を投げかけることにより、人権尊重の精神を基盤として未来の郷土を担う人材としての自覚を高めることをねらいとしている。はじめに、ユニバーサルデザインという広範なテーマであることから、本実践は学習指導要領における4つの目標と関係があることを述べておく。 公民的分野の目標(1)中の「人権の尊重の意義」「権利と責任・義務」は、快適な生活環境の中で暮らす権利はすべての人に与えられるべきものであり、そのような環境を作り上げる努力もまたすべての人に課せられているというユニバーサルデザインの精神と関連する内容である。 また、目標(2)「(省略)個人と社会とのかかわりを中心に理解を深めるとともに、社会の諸問題に着目させ、自ら考えようとする態度を育てる」では、内容イ「国民生活と福祉」において、「国民生活と福祉の向上を図るために、国や地方公共団体が果たしている経済的な役割について考えさせる(中略)限られた財源の配分という観点から財政をとらえさせる」とある。また、「社会保障の充実」においても、「少子高齢化社会など現代社会の特色を踏まえながら、これからの福祉社会の目指すべき方向について考えさせること」と記されている。このことは、限りある財源を有効に活用し、すべての人々にとって有益なまちづくりを目指すことの重要性を説いている内容である。 さらに、目標(3)「(省略)世界平和と人類の福祉の増大のために、各国が相互に主権を尊重し、各国民が協力し合うことが重要であることを認識させるとともに、自国を愛し、その平和と繁栄を図ることが大切である」では、内容イ「民主政治と政治参加」において、「地方自治の基本的な考え方について理解させる。(省略)住民の権利や義務に関連させて、地方自治の発展に寄与しようとする住民としての自治意識の基礎を育てる」とある。本実践は、「地方自治」単元を中核として授業構成を行ったものであり、学習指導要領の目標(3)との関係が強い。少子高齢化に伴う過疎化現象が急速に進展している名立町にとって、他人事でない切実な問題として自分の町の将来を考えさせる内容である。 最後に、目標(4)「社会的事象に対する関心を高め、様々な資料を適切に収集、選択して多面的・多角的に考察し、事実を正確にとらえ、公正に判断するとともに適切に表現する能力と態度を育てる」では、アメリカ合衆国のまちづくりの考え方を、生徒自身が情報機器を駆使して作成した「まちおこし」計画と比較しながら、ユニバーサルデザインの考え方を取り入れた新たなまちづくり計画を思考する学習を試みた。 (2)教師の教材観と教材化の意義
我が国においても地方自治体や企業が中心となって「バリアフリー」(障害のある人や高齢者などの弱者に対して、特別な設備や表示方法で生活していく上でのバリア=障壁、障害、不便を取り除いていこうとする考え方)から、さらに進んで、初めからできるだけすべての人が利用しやすいようにしていこうとする考え方に基づいたまちづくりや商品開発が進められいる。 このような社会の新しい動きを受けて、社会科公民的分野の「地方自治の課題」の学習を身近な地域のまちづくりの視点から追究させることは重要である。高齢化や過疎化の進展は、ともすると安易に開発の方向に向かいやすく、環境という面からの配慮に欠ける恐れがある。まちづくりを一面的に見るのではなく、様々な立場からの視点を取り入れながら、多面的・多角的に考察する生徒を育てるためには、身近な地域の活性化をハード面からだけでなくソフト面からも考えさせることが重要である。それが、まさにユニバーサルデザインの核心であり、あらゆる壁を超えた「共生」の考え方に基づくユニバーサルデザインの概念は、物質的豊かさの中で育った現代の中学生に新たな視点を与えてくれるに違いない。 そこで、本実践では、まずミネアポリス・セントポールのスカイウェイシステム(skyway system)の教材化を図った。それは、あらゆる人々の要求に対応したこのシステムが、ユニバーサルデザインの概念をより明確に伝えることができると考えたからだ。教材化にあたり、以下に示したミネアポリス市当局が作成したスカイウェイシステムの基本概念を参考にした。
スカイウェイシステムや公共施設における人々の生活への様々な工夫や配慮を通して、ユニバーサルデザインの基本的な考え方に気付き、生徒自身が住む郷土の発展に向けて参考にしてもらいたいと願っている。
2.授業構想 (1)授業の意図 本授業の意図は三つある。一つは、新しいまちづくりの視点としてユニバーサルデザインの考え方を理解すること。二つ目は、ユニバーサルデザインを生活環境の中に取り入れ、先進的にまちづくりに取り組んでいるアメリカ合衆国の事例と郷土のまちづくりを重ね合わせて考えること。三つ目は、再度郷土を見つめ直して、未来の郷土を創造することである。特に、三つ目については、名立中学校の「総合的な学習の時間」で生徒自身が作成した「まちおこし計画」を、ユニバーサルデザインの視点から吟味して、新たなまちづくりの視点を取り入れることができるかが学習のポイントとなる。 (2)生徒や保護者の実態 授業対象である名立中学校第三学年の生徒の多くは、町の過疎化対策として商業発展を期待するような意見が昨年度の調査から明らかになっている。また、本授業を実施するにあたり、事前に行ったアンケート調査の結果から、生徒と保護者との間に町に対する期待の差があることがわかった。
(3)指導計画
(4)本時のねらい アメリカ合衆国における先進的な取組に興味や関心をもち、ユニバーサルデザインの考え方を理解しながら、互いの人権を尊重した新しいまちづくりを創造する。
(1)スカイウェイシステムが人々の生活に及ぼす影響を予想する学習
(2)日常生活に溶け込む様々な事例から、ユニバーサルデザインの考え方をつかむ学習
(3)ユニバーサルデザインを郷土のまちづくりに生かす学習 まとめでは、「名立まちおこし計画」の再検討を終えた生徒に対して「今後、名立町に住むあらゆる立場の人々の要求に対応したまちづくりを進めていくには、どのようなことを心がけていくことが大切だと思いますか」と投げかけ自分の考えを書かせた。 生徒Aさんの考えから
5.教材化、実践を終えて 本実践を「地方自治」単元のまとめの学習として位置付け、生徒にユニバーサルデザインの視点を投げかけることによって新しいまちづくりを創造することにねらいをおいたが、「基本的人権の尊重」や「社会保障制度」などの単元においても、ユニバーサルデザインの概念を通した学習が効果的と思われる。それは、先にも述べたように、ユニバーサルデザインの本質が「人権尊重」と「共生」の精神を基盤にしたものであり、社会科教育の目標である「公民的資質」の育成に直接結びつくものであると考えるからである。 とかく他人事で終わってしまいがちな社会科授業に、ユニバーサルデザインの視点を取り入れたことで、生徒は直面する事象を我が郷土の切実な問題としてとらえ、その問題の解決に向けて意欲的に追究する姿が授業の中で見受けられたことは大きな成果である。 本実践が、未来の郷土を担う人材の育成に一役買うことができたとしたら、幸いである。 参考文献・資料 古瀬 敏『ユニバーサルデザインとはなにか バリアフリーを超えて』都市文化社 1998 古瀬 敏編著『デザインの未来 環境・製品・情報のユニバーサルデザイン』都市文化社1998 古瀬 敏『バリアフリーの時代』都市文化社 1997 田中直人・岩田三千子『サイン環境のユニバーサルデザイン』学芸出版社1999 文部省『中学校学習指導要領(平成10年12月)解説−社会編−』1999、9月 上越教育大学米国理解プロジェクト『米国理解のための教材開発研究 第2集』11.12p MINNEAPOLIS PLANNING & DEVELOPMENT, MINNEAPOLIS SKYWAY SYSTEM, 1973 Universal Design Internet Services: http://www.ud.net/(2000.7.19) to Universal Design from Barrier Free: http://www.sfc.keio.ac.jp/~s99433as/ud/(2000.7.19) 静岡県企画部ユニバーサルデザイン室:http://www.pref.shizuoka.jp/kikaku/ki-10/(2000.7.19) Adaptive Environments: http://www.adaptenv.org/(2000.7.19) ミネソタ州政府観光局日本事務所: http://www.eigotown.com(2000.7.19) 実践編第4章なども参照し、ダウンタウン中心部に車で訪れた場合の人の動きを想像してみよう。最高気温が摂氏7度を切ることもあるミネソタの冬。車椅子だったら、視覚にハンディがあったら…というだけでなく、風邪を引いていたら、雨が降っていたら…自分自身の便利さや快適さの観点が、ユニバーサルデザインを考えるヒントになる。左の地図は、Greater Minneapolis Convention and Visitors Associationのページ(http://www.minneapolis.org/)で提供されているもの。 |
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