17世紀北海道における火山噴火と人文環境
Volcanic Eruption and Human System of the 17th Century in Hokkaido, Japan.

山縣耕太郎・浅倉有子(上越教育大学)
Kotaro YAMAGATA, Yuko ASAKURA (Joetsu Univ. of Education)

キーワード:北海道,17世紀,アイヌの蜂起,火山噴火,小氷期
Key word: Hokkaido, 17th century, Uprising of Ainu, Volcanic eruption, Little ice age

1.はじめに
 災害は,人間−自然環境の生態系に起こった一種の撹乱現象である.災害を引き起こした要因と,災害に対する人間の反応の間には,他の要素が関わった複雑なプロセスが存在する.したがって,災害という現象を理解するためには,災害に関連した要素が構成する系(システム)の構造をまず明らかにする必要があるであろう.本研究では,17世紀の火山噴火と,その北海道地域への影響を事例として,このような自然−人文環境系の理解を試みる.
 17世紀の北海道においては,1643年以降,アイヌの抗争や蜂起が多発している.その中でも特に大規模な蜂起が,1643年(寛永20)のヘナウケの戦いと,1669年(寛文9)のシャクシャインの戦いである.これらの抗争・蜂起の人文的な要因については,歴史学の分野において詳細な議論が行われている(海保,1978;榎森,1982;菊池,1994;浅倉,1990).その一方で海保(1974),徳井(1989),町田(1993)は,これらの抗争・蜂起の契機としての火山噴火の役割についても注目している.
  以下,従来の研究によって明らかにされている,この時期の人文環境および自然環境における事象を整理し,検討を行う.図1は,それらの事象の関係を表したものである.図に示したように,人文環境,自然環境それぞれに見られる諸事象は,独立して存在したものではなく,有機的に結びついて一つの系(システム)を作っていたものと考えられる.その中で起こった様々な相互作用の結果 の一つが,アイヌの抗争,蜂起であったのではないだろうか.
2.人文環境系における事象
a)中世以降の和人との交流の中で,アイヌの生活様式は,本州との交易に依存したものへと次第に変容していった.その一方で,文化,生活様式の異なる,和人と交流することによって,アイヌは民族的な自律性あるいは独自性を強めていったと考えられる.
b)徳川幕府成立後,松前藩は幕藩制に組み込まれ,幕府から独占的な交易権が認められることになった.徳川幕府という和人の統一政権を後ろ盾にしたことで,松前藩の持つアイヌに対する経済的,武力的な圧力は極めて大きなものになったと考えられる.
c)松前藩は,寒冷な自然環境に立地していたため,家臣に対する知行も特定の商場,場所における交易権を与えることによって行われた(商場知行制).この商場知行制が確立していったのが,争乱の多発する時代の直前の寛永期であったと考えられている.この制度によって,アイヌは蝦夷地内に封じ込められ,アイヌ側に不利な交易が行われる様になった.また,知行地においては,和人による大規模漁法によるさけ,ますの乱獲が行われるなど,アイヌに対して不当な行為も行われていた.この結果 ,アイヌ側の不満,民族的な危機感は次第に増大していったと考えられる.
d)商場知行制による交易に伴って,アイヌ社会における階級分化や広範囲での地域的統合体が成立してきた.各集団は,アイヌ製品の増産に迫られ,狩猟圏(イォル)の拡大を求め,対立抗争が生じるようになったと思われる.
e)米作に依存できない松前藩にとって,鷹と砂金は重要な収入源であった.寛永期には多くの金の採掘師や鷹師達がアイヌのイォルの奥深くまで侵入していた.また,金の採掘によって河川環境は著しく悪化し,漁労に依存していたアイヌの生活に大きな打撃を与えた.
3.自然環境系における事象
a)17世紀には,北海道南部に位置する火山のうち,駒ヶ岳が1640年(Ko-d)と1694年(Ko-C2)に,有珠山が1663年(Us-b)に,樽前山が1667年(Ta-b)に大規模な噴火をしている.このうち1640年の駒ヶ岳噴火による降灰地域のなかには,1643年のヘナウケの蜂起の範囲が含まれ,シャクシャインの戦いの契機となったアイヌ間抗争の当事者であるアイヌの集団メナシクルとシュムクル両者の勢力範囲が,1663年の有珠山の噴火と1667年の樽前山の噴火の降灰域に含まれている.これらの降灰は,この地域の森林や河川の環境を悪化させ,生態系やアイヌの生業に悪影響をおよぼしたと考えられる.
b)17世紀は小氷期と呼ばれる気候の寒冷期の中にあり,全国的に凶作や飢饉が頻発した時期でもある.17世紀の中でも,特に1615年から1616年,1640年から1642年,1666年から1668年,1692年から1696年は,異常気象とそれによってもたらされた凶作,飢饉が数年間連続して起こり,深刻な状況を北海道,東北地方にもたらしたと考えられる.本州からもたらされる米などの産品に大きく依存していた松前藩やアイヌにもその影響は及んだものと考えられる.また,異常気象の発生した時期には,松前藩の財政は逼迫して,その結果 ,アイヌからの収奪にますます拍車がかかったと予想される.実際に,シャクシャインの戦いに先立って松前藩とアイヌとの交易基準がアイヌ側に極めて不利になったことや,津軽藩の脅威を利用して,松前藩がアイヌに対して厳しい要求を課したことが,蜂起の原因であったことを示す記録がある.
 小氷期の寒冷化の原因としては太陽活動の衰微,海洋の循環,雪氷の分布および火山活動が考えられているが, アイヌの騒乱が頻発した17世紀後半は,太陽黒点が連続して異常に少なくなったマウンダー極小期(1645〜1715年)に重なっている.また,17世紀の駒ヶ岳,有珠山,樽前山の噴火や,この時期に低緯度地域で発生した大規模な噴火によって成層圏に広がったエアロゾルは,日射を遮り寒冷化を促して,東北や北海道における気象災害の原因となった可能性がある