五百川裕の研究概要
生物学分野においては，アジア温帯域における維管束植物多様性の実態と進化の解明をめざし研究を進めている。また，生物教育学分野においては，植物の形態および生態の観察法に関する基礎的，実践的研究に取り組んでいる。
１. マメ科ヌスビトハギ連の系統分類学的研究
植物界で最も多様性に富む植物群の一つであるマメ科は，系統進化を研究する対象として適しており，その中でヌスビトハギ連は，アジアで著しく分化した熱帯系マメ科植物群の一つであり，中でもハナハギ属は，アジア温帯域に広く分布する固有属として，アジア温帯域における植物の進化を研究する材料として好適であると考えられる。そこで，形態形質の詳細な比較検討に基づいて，この属の自然分類群を確立すると共に，葉緑体DNAの塩基配列を用いた分子系統解析によって，多くの分類群の系統関係を明らかにした（文献2,8,9,10,）。また，その過程で明らかとなった近縁のヤハズソウ属の葉形についての解釈の混乱を比較解剖学的に検討して解決した（文献1）。
さらに，同じヌスビトハギ連でアジア熱帯域に分布するフジボグサ属の系統分類学的研究を開始し，ハナハギ属との比較研究によりアジア温帯域における進化の特徴の理解をめざしている。まずミャンマーのフジボグサ属植物を調査して，新分布種を記録すると共に，分類学的問題を解決した（文献16,18,24）。
２. 日本に生育する維管束植物の植物分類地理学的研究
日本の過去の寒冷期の植生変遷推定および生態学的観点からも注目される，局所的低温環境域である風穴地の維管束植物相調査を行って，植物地理学的研究を進め，植物相の特徴を解析し成果の一部を発表した（文献3,12）。また，風穴地以外の地域植物相の調査にも取り組み（文献11,21,23），それらの過程で明らかとなったカヤツリグサ科フトイ属植物の分類学的問題について研究を行い，２新変種を発表した（文献5,15）。
３. ネパール王国ムスタン地域に生育する維管束植物の分類学的研究
ネパールは，南のインド，北の中国の両大国に挟まれた，ヒマラヤ山脈中央部に位置する小国である。ムスタン地域は，そのネパール中央部でヒマラヤ山脈を東西に割って流れるカリガンダキ川の上流に位置し，かつてはインドとチベット（中国）を結ぶ交易路の中継地として栄えた王国であったが，ネパールに併合後は，軍事的要衝として外国人の入域が厳しく制限されたため，学術調査からとり残された空白地域となっていた。最近，入域制限が緩和されたことにより，同地域の植物調査が可能となり，緑育成財団（新潟県新潟市）の支援を受けて，ネパールと日本の共同研究として1999年から2003年にかけてムスタン地域の植物相解明をめざした現地調査を実施した（文献6,17,19,20）。現在，この現地調査により収集した標本の分類学的研究を継続中である。
4. 植物の形態および生態の観察法に関する生物教育学的研究
近年普及してきた低真空走査型電子顕微鏡は，含水試料の観察や凍結乾燥法が可能なことから，資料準備が簡便化でき，授業用機器としての可能性が広がった。そこで現職大学院生および学部学生を対象とした生物の形態観察実験に活用した実践研究を行った（文献4,7）。また，デジタルビデオカメラを用いた紫外線画像の簡便な観察法を考案し（文献13），人の肉眼では見えないが，紫外線を見ることができる昆虫（蜂や蝶など）には見えている世界を疑似体験することによって，植物と昆虫との関係について理解を深める上で役立つ教材開発を進めている。
上記引用文献
<1> Yu Iokawa, Tomoyuki Nemoto and Hiroyoshi Ohashi. 1996. The Leaf Organization of Kummerowia (Leguminosae). J. Jpn. Bot. 71: 273-280.
<2> Yu Iokawa and Hiroyoshi Ohashi. 1997. Two New Taxa of Campylotropis (Leguminosae) from China. J. Jpn. Bot. 72: 139-143.
<3> 五百川裕 1997. 結東の風穴地. 新潟県植物分布図集 18: 21-22.
<4> 「現職教員再教育の場としての大学院における自然環境教育の在り方に関する研究」（文部省高度化推進特別経費報告書, 2000年）
<5> Kazuhiro Kohno, Yu Iokawa and Shigeru Daigobo. 2001. A New Variety and a New Combination of Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla (Cyperaceae) from Japan. J. Jpn. Bot. 76: 227-230.
<6> Yu Iokawa. 2001. A Botanical Expedition to the Mustang Area, Central Nepal in 2000. Newsletter of Himalayan Botany 28: 13-17. The Society of Himalayan Botany.
<7> 五百川裕, 小川茂, 大場孝信, 大悟法滋 2001. 低真空走査電子顕微鏡を用いた維管束の観察実験. 生物教育 41: 57-64. 日本生物教育学会.
<8> Yu Iokawa and Hiroyoshi Ohashi. 2002. A taxonomic study of the genus Campylotropis (Leguminosae) I. J. Jpn. Bot. 77: 179-222.
<9> Yu Iokawa and Hiroyoshi Ohashi. 2002. A taxonomic study of the genus Campylotropis (Leguminosae) II. J. Jpn. Bot. 77: 251-283.
<10> Yu Iokawa and Hiroyoshi Ohashi. 2002. A taxonomic study of the genus Campylotropis (Leguminosae) III. J. Jpn. Bot. 77: 315-350.
<11> 五百川裕. 2002. 維管束植物. 上越市史編さん委員会(編). 上越市史 資料編1自然, 別冊植物目録, pp.1-64. 上越市.
<12> 五百川裕, 石沢進. 2003. 風穴地の維管束植物（1）. 植物地理・分類研究51: 13-26.
<13> 五百川裕, 大悟法滋. 2003. デジタルビデオカメラを用いた紫外線画像の観察と撮影. 植物地理・分類研究51: 69-72.
<14> Yu Iokawa, Tomoyuki Nemoto and Hiroyoshi Ohashi. 2003. Uraria poilanei Dy Phon (Leguminosae), New to Myanmar. J. Jpn.Bot. 78: 355-356.
<15> Yu Iokawa, Kazuhiro Kohno and Shigeru Daigobo. 2004. A New Variety of Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla (Cyperaceae) from Japan. J. Jpn. Bot. 79: 1-3.
<16> Yu Iokawa and Hiroyoshi Ohashi. 2004. A New Variety of Campylotropis bonii Schindl. (Leguminosae). J. Jpn. Bot. 79: 227-229.
<17> Yu Iokawa and Koji Yonekura. 2004. Japan-Nepal Botanical Expedition to Upper Mustang, Central Nepal in 2003. Newslett. Him. Bot. 33: 1-6.
<18> Yu Iokawa, Tomoyuki Nemoto, Jin Murata and Hiroyoshi Ohashi. 2004. Uraria barbaticaulis (Leguminosae), a New Name for U. barbata Lace, and Its Leaf Organization. J. Jpn. Bot. 79: 224-226.
<19> 大場秀章, 五百川裕. ヒマラヤに花を追う - 秘境ムスタンの植物 -. 254pp. 緑育成財団, 八坂書房.
<20> Hirokazu Tsukaya, Yu Iokawa, Makiko Kondo and Hideaki Ohba. 2005. Large-scale general collection of wild-plant DNA in Mustang, Nepal. J. Plant Res. 118: 57-60.
<21> 五百川裕. 2005. 上越市浦川原区のカジカエデ. じねんじょ 25: 147-148.
<22> Hiroyoshi Ohashi and Yu Iokawa. 2006. A New Species, Pueraria xyzhuii (Leguminosae) from Yunnan, China, with Pollen Stainability and Pollen Morphology in Comparison to Related Species. J. Jpn. Bot. 81: 26-34.
<23> 五百川裕. 2006. 新潟県上越市産維管束植物目録補遺. じねんじょ 26: 46-48.
<24> Tomoyuki Nemoto and Yu Iokawa. 2006. Leguminosae. Nobuyuki Tanaka, Tetsuo Koyama and Jin Murata (eds.) The Flowering Plants of Mt. Popa, Central Myanmar. Makinoa 5: 38-48.