Cobb氏らの現在のプロジェクトついて

ミニツールを用いた8年生の統計の学習
(1998年3月31日)


 筆者(布川)は現在機会を得てここヴァンダービルドに滞在をしている。到着した日の午後にちょうど彼らの週一回のプロジェクト・ミーティングがあり、そこでプロジェクトの概要について書かれた資料をもらうことができたので、それに沿ってプロジェクトの紹介をしてみたい。
 今回のプロジェクトは1年計画であり、メンバーはPaul Cobb, Kay McClain (以上ヴァンダービルド大学)、Koeno Gravemeijer (フロイデンタール研究所)、Cliff Konold (TERC) である。その目標としては、(1) JAVA で書かれ、特定の領域のために作られたミニツールが一貫した指導系列の統合部分となるような、指導のデザインの仕方を探求すること、および(2) ミドルスクール・レベルでの統計について、(1) のような仕方で指導系列やミニツールを開発するより大きなプロジェクトを遂行できる、研究チームを発達させること、とされている。こうしたことから、今回もらった概要には、8年生の統計を具体的な領域として、(1) の目標について詳しく述べられているようである。
 概要では、データ分析の手続きの理解と、統計の Big Ideas の概念的な理解とがなかなか両立しにくい点から話を始め、これらがうまく両立するような指導がまずは目指される。この際に Big Ideas としても単に漠然と重要事項としておくのではなく、このプロジェクトでは「分布 (distribution)」を一つの Big Idea として意識している。一方で、ツールについては統計の領域に焦点を絞ったものを考える一方で、いわゆる統計ソフトのような完成されたデータ処理をするソフトではなく、指導系列のそれぞれの時点での生徒の推論にあったデータの構造化、組織化を可能にするツールが志向されている(残念ながら今の時点では筆者はツールを実際には見ていないので、どのようなものかをここでお伝えできない)。
 彼らはこうした仕方ですでに7年生に対してパイロット的な教授実験を行っているらしく、そこでは、生徒の分布に対する見方が変化したとされている。その変化としては、「データの集合を個々の点の集まりとみることから、それ自身特徴や性質を持った全体的な分布としてみる見方」への変化とされており、このあたりは、以前の Slavit 氏の論文の関数の見方の発達とも似ているようで興味深い。
 概要の後半では、「より大きなプロジェクト」と思われる4年計画のプロジェクトの意図が説明されている。以下ではそれら4つの意図について述べてみる。

(1) ミニツールが指導系列の統合的側面として開発されるような指導デザインの仕方を洗練する。
 ここでのミニツールは生徒が使うものであり、それを使って活動していく中で生徒が Big Ideas と手続き双方の理解を深めていけるようなものと思われるが、近年の主流と異なるのは、作図ツールのような一般的なツールではなく、特定の教育目標にターゲットを絞ったコンピュータによるツールを考えていることである。彼らは、ミニツールが単純でわかりやすいものであれば、教師も生徒もすぐにそれを生産的に使えるはずだと確信している。また、JAVA を用いて制作費をやすくし、Web が使える環境ならすぐに利用できるよう保証することで、こうしたツールがカリキュラム・デザインの流れの一貫として組み込みやすくなり、また教育の改革や普及にも有利であるとしている。

(2) 生徒の統計的推論の発達を支援するようデザインされた、指導系列やミニツールの開発。
 今日の社会での統計的推論の重要性が、この意図の背景にある。しかしそれは単に重要というだけでなく、今の時代の情報の多くが統計的であることから、統計教育自体が公平さに関わるとしている点は、民主主義的精神を感じる。これまでの統計教育が手続きに片寄りがちだったことに鑑み、概念の理解を重視することに関しては、(1) で述べたミニツールの利用のほかに、探求的データ分析 (Exploratory Data Analysis; EDA) という学習活動が利用されるが、これについては Biehler と Steinbring の論文があるので、そちらの紹介で触れたいと思う。また理解の状態については、統計における加法的推論から乗法的推論への移行が目指されているが、これらの推論のタイプについても、それを説明した論文を Cobb氏より教えてもらったので、そちらの紹介の中で触れられたらと思っている。なお、乗法的推論を考えることで、数、測定、代数などと統計の接点が出てくると彼らは考えている。ここから、統計での学習と他の領域との学習が互いに影響を与え合うか、という新たな問題も提起されている。

(3) 教師の専門性の発達のためのリソースとしての、テクノロジーを意図した指導系列の役割を探求する。
 上述のような指導系列を、教師が自分の統計の指導の基礎として用いることができるかを考えるのだが、これを「用いる」ためには、指導系列を柔軟に利用し、教師としての専門的判断に基づいて、自分のローカルな環境にそれを適合させる必要が出てくる。数学の主要なアイデアを自分の生徒との関係で深く理解し、生徒の数学的発達のコースを考え、具体的な領域での生徒を支援する手段を考えねばならない。この意味において、研究に基づいた指導系列は、教授のためのリソースとなるだけでなく、教師自身が学び専門性を高めるためのリソースともなる。またミニツールを用いた指導系列は、結果的に教師が数学的アイデアを自分自身も探求することにつながる。
 この目標に関しては当然、教師との共同作業が中心となるが、その中で彼らは、教師の関心や、彼らが学校で使えるリソースや影響を受ける制約についてよりよく理解することをも目指している。

(4) 学校という社会的文脈の中での指導実践の維持可能性を探求する。
 これは学校の再構造化についての最近の知見、つまり、改革的実践は組織化能力 (organizational capacity) を持つときに維持されやすい、という知見に基づくとされる。この能力の要素としては、組織化のための知識や技能、共有されたビジョン、スタッフの間の協力、教室の自律性、生徒の学習に対する集団的責任といったものが挙げられている。そして、教師の指導実践の開発と、それが埋め込まれる組織上の条件とのダイナミックな関係が調べられる。例えば、研究者の側がうまくいくようにリソースを提供しても、それが引き上げられた後に適切な条件が維持されるとは限らない。そこで一つの長期的な目標として、数学が理解を伴って学習されるようなテクノロジーを意図した授業のための条件が、最小限の付加的リソースだけで可能となるような、専門的教授コミュニティの発達をガイドすることが考えられている。そのため、参加する教師には、3年後にはプロジェクトからの支援が縮小される旨が伝えられるとのことである。こうしたことは、プロジェクトの目指すところと、それぞれの学校の目指すところの調整をはかることでもあり、そのために、行政、親などへの配慮も行われる。またプロジェクトが消滅するようなケースも、意味のあるものとして捉えられている。

 これらの4つの意図を見ると、単にコンピュータを使って統計の理解を深めるといったことではなく、ミニツールの開発自体のカリキュラム開発の一環への位置づけ、ツールの普及しやすさへの配慮、教師の専門性の向上、理解を目指すような学校のコミュニティの形成など、教育改革への広い視野が組み込まれたプロジェクトといえる。その意味で、統計教育の新たな動きとしてだけでなく、教育改革を志向した研究のあり方として参考のすべき点が多いと考えられる。


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