こうした従来の対象的把握に対し、Slavit 氏は性質的把握 (property-oriented view) を提案する。これは、関数の増減 (growth) に関わる大局的あるいは局所的な性質を意識した見方とされる。ここで増減に重点を置いているのは、出力の計算にみられるパタンなどの、関数の行為的把握に関わる性質をできるだけ排除するためと思われる。また性質の把握に関わっては、関数に対する操作により不変なものに目を向けることが重視されている。この性質的把握は、従来の対象的把握の議論に代わるものとして出されたというよりも、むしろそれらを補うものとして考えられている。実際、対象的把握をまとめた図 (p. 269) でも、対応的把握と増減的把握が並列され、さらに増減的把握の下に共変的把握と性質的把握が並列されている。関数への操作や性質への着目は、対応的把握や共変的把握の記述の中でも言及されており、性質的把握はそうした側面を取り出し独立させたものとも言えよう。なお、タイトルにある「別ルート」とは、性質的把握を生徒がしたときにある種の実体化が生ずる、ことを指している。つまり、極値や漸近線といった性質が理解されてくると、関数の観念は、その性質を持っている (あるいは持っていない) 数学的な対象物として、実体化されると考えるのである。
論文の後半では氏が行った1年間の調査のデータをもとに、グラフ電卓を利用した授業を通して、生徒が各点での数値から徐々に関数自体の性質に目を向けるようになることが示されている。論文の最後では性質的把握の観点から3つの指導上の示唆が与えられる;(i) x 切片の計算などを局所的な性質で終わらせることなく、性質的把握の全体との関わりで果たす役割に注意する;(ii) 学校で通常扱われる関数を、関数の広範な性質に生徒が触れる機会という点から再考する;(iii) 視覚化のテクノロジーの利用との関わりで、性質に重点を置いた見方を考えてみること。
対象的把握の三つの捉え方の関係は必ずしも明確とは言えないが、性質を中心に据えた理解の仕方の提案は興味深いと思われる。