Representational Sytems, Learning, and Problem Solving in Mathematics

By Gerald A. Goldin

(Journal of Mathematical Behavior, 17 (2), 137-165.).
1998年)



 この論文は、次の2点を述べたものである;  論文はまず、数学の問題解決や学習に関わる諸理論を概観するところから始まり、それを受けて、数学の学習や問題解決のための統一的モデルは、以下のようなことを特徴づけたり、その分析を促進したりできなければならないとする;行動的測定物;アルゴリズム的、規則ベース、あるいは方略ベースの行動パタン;構造化された外的環境 (このあたりは行動主義を背景としている);数学の問題のフォーマルな構造;そうした構造の行動との相互作用;複雑な発見法の構造と利用;数学的能力;学習者や解決者によるメタ認知や自己参照;学習の発達的段階;認知的構造とスキーマ;言語的あるいは命題的推論;イメージと視覚化;機械的学習と有意味学習の区別;特定の数学的知識の構造;知識が構成される過程;情意、特に情意と認知の相互作用;数学的知識に対する社会的あるいは文化的文脈とその影響。そしてGoldin氏は、こうしたアイデアを統合するようなモデルの基礎を、表象システムとその構成という考え方が与えてくれるのではないかと述べる。また研究方法に関わっては、信頼性や再現可能性にも注意を払う必要があるとしながらも、学習や解決の科学的研究において、観察と観察の解釈が伴われることにも言及をしている。その後、これまでの立場(例えば、行動主義、認知主義、構成主義、社会的構成主義)のそれぞれが観察を記述するに要求されるキーとなる構成物を含んでいるとともに、その限界や欠点を持っていること、にも関わらずある理論的立場の研究が他の立場に対して最初から排他的態度をとっていることを指摘し、そうした構成物を単独で用いるよりも、互いに組み合わされた形で用いる必要のあるとしている。数学の学習や問題解決といった複雑な現象を扱うとすれば、こうしたことはなおさらである。

 表象システムの説明がこれに続くが、表象システムは (1) 基本的要素となる文字あるいは記号、(2) 記号を許される形状に組み合わせるための規則、(3) ある形状から別の形状への変換の規則からなる。なお、基本的要素の中には、"物体 (physical objects)" といったものも含まれる。意味の解釈については統語法的なものと意味論的なものがある。前者は、形状の作り方や形状間の関係を用いて文字や敬譲に意味を与えるものである。後者については、あるシステムが別のシステムをコード化、シンボル化していることが仮定され、このシンボル的関係により与えられるのが、意味論的な解釈となる。Goldin氏は表象システムにおいて、曖昧さを不可避のものとして認めているようである。一つには、ある現象を考えると、それがどの表象システムの話であるか不明確な場合も多く、システムの境界が曖昧なことによる。さらに、各種の規則は例外を含むことも多いが、例外を列挙すると記述モデルとしての有用性を損なう危険があるので、曖昧さをありうべき特徴と考えているようである。なお、こうした曖昧さは文脈により解消される。つまり、規則としては明確にしにくくても、文脈の中では自然と構成されたり解釈されたりするということであろう。また、数学の学習や問題解決を考えるには、外的表象の他に内的表象を扱わざるを得ないが、内的表象は観察可能な行動からの推測によるものであるから様々な問題を伴うことになり、例えば、内的表象については自分の記述が暫定的なものであると考えねばならないと、Goldin氏は指摘している。

 第3節では、外的な表象システムについて述べられるが、ここでは、統一的なモデルの第1の構成要素が、学習者や解決者の外にある課題環境の記述であるべきだと氏は指摘する。コンピュータによるマイクロワールドなどの発達により、こうした環境は動的なものとなってきているので、単なる課題の構造というよりも、表象の構造を考えねばならない。また、共有された、ある意味で標準的な表象は、自然言語や数学の表記、マイクロワールドといった個人の外にあるものを含んだ社会的プロセスを通して発達してきたので、個人の認知とは独立に、そうしたものの分析も行われるべきだとする。Goldin氏は表象システムからの観点を踏まえ、課題変数の研究は課題が提示されたときに存在する外的表象の形状と、特定の操作を通して課題から生成される形状について考えること、として理解できるとしている。

 第4節では、外的な課題環境に対する行為を媒介するものとしての、内的表象システムが考察される。まずコンピテンス(competencies)という考えが示される。これは部分的で不完全に特定された条件のもとでも課題を遂行できる能力であり、問題解決の間にとられるステップを説明するための理論的構成物である。それなりには安定しているが、文脈に依存する面もある。コンピテンスはもちろん、行動の観察や解釈から推測されるものであることを、Goldin氏は何度か繰り返している。このとき、学習はコンピテンスの獲得して、操作的に定義される。認知的表象システムはコンピテンスを記述することを意図したものであり、行動を直接記述するものでも、個人の主観的な経験を記述するためのものでもないとされる。最後に氏は、「コンピテンスというものを、新たな形状の構成も含め、内的認知的表象システムの中の形状の間を動く、個人の能力を記述することとして解釈したい」と述べている (p. 148)。

 第4節の大半はモデルの構成要素として、内的表象のシステムを説明している。このモデルは、Goldin氏がすでに以前から提唱しているものと同じもののようである。次のような5つのタイプのシステムがある。

この中でイメージ的システムに最も紙幅が割かれているが、その中でいくつか興味深い指摘がある;(a) 触覚的/運動的システムの重要性を強調していること;(b) 言語や表記自体がモノとしてイメージ的に扱われることがある;(c) イメージ的表象や比喩は本質的な要素であるが、全ての思考が比喩であるといった極端な見方は意味がないこと。

 第5節では学習の問題が扱われる。Goldin氏は先行オーガナイザーの話を出し、これが有効だとする調査結果と有効でないとする調査結果のあることより、内的に何が起こっていることについてのモデルが必要であり、これは認知的表象システムの分析により提供されうると述べる。内的表象システムの構成を明らかにする理論が提示されるときに、個々の技能の獲得を述べることを越えて、学習を理解する道が開けるのである。こうした理論の一つの要素として、表象システムの発達における段階をあげている。氏の考えているものは、次の3つの段階を含んでいる。

なお、こうした表象システムの発達は、話し言葉から数学的経験まで、個人的環境の表象構造との相互作用を必要とすること、こうした発達を追うことで、数学の学習と関わらせながら認知理論を統一的に考えていけるであろうことも、述べられている。

 第6節では、他の理論からのいくつかのアイデアとGoldin氏が提唱する枠組みとの関わりが、簡単に述べられている。取り上げられているのは、次の4つの項目である。

 第7節では、本稿の考えが実践に対しても示唆を与えうることが述べられる。一つの示唆として、数学教育の目標が、特定の数学の内容を生徒に伝達したり特定の解決プロセスを教えることではなく、ここで議論したような強力な内的表象システムの構成を促進することだとされる。またこれに付随して、数学的テクニックの学習を犠牲にすることなく、イメージ的システム、計画のシステム、情意的システムなどにも注意が払われるべきこと、こうした表象システムにおける力を発達させることを明示的な目標にすべきこと、それを評価する方法を開発すべきことが指摘される。第二の示唆として、第5節で提示された学習の段階を意識的に促進するようにつとめるべきことが述べられる。最後の第8節では、表象システムの考えを土台とすることで、これまでの主要な諸理論が統一的な全体にまとめられることが再度指摘され、稿が閉じられている。

 本稿は氏の大きなビジョンを短い論考の中にまとめたためか、部分によっては十分に説明がなされていない印象も受け、例えば少し読んだだけでも、以下のような疑問を感じた。

また、そもそもいくつかの理論を統合するような枠組みを作ろうとすることは、それぞれの理論の前提(知識観、発達観等)を損なうことにならないのか、という不安もある。しかし、数学の学習や思考をよりよく理解し、適切な支援のあり方を目指すという一般的な目標を考慮するならば、それぞれの立場から報告される数学の学習や問題解決に関する現象を統一的に説明できる枠組みを考えようとするGoldin氏の態度に、我々は学ぶところがあるのではないだろうか。
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