中学校における数学的モデリングの指導についての研究
―生徒によるグラフ電卓の利用を視点として―


大澤弘典


1. 問題の所在と研究の目的
 生徒の数学嫌い・離れの現状がある。その現状に対し、中学校の授業の中で、数学が現 実世界との問題にどのように関わり、どのように利用できるかを生徒に体験させることが 、数学教育上の1つの重要点であると考え、現実問題の解決いわゆる数学的モデリングの 研究に着目した。しかし、数学的モデリングは、数学教育を進めていく上で価値あるもの として論理的な研究が推進される一方で、その数学的モデリングの実施に際しては様々な 困難点があり、中学校現場ではあまり実践されていない状況である。
本研究では、それらの困難点を克服するために、グラフ電卓の利用に着目した。
 つまり、本研究の目的は、数学的モデリングにグラフ電卓利用を図る手法について、具 体的な調査問題における生徒の活動の分析・考察を行い、数学的モデリングの指導に関わ る示唆を得ることである。

2. 本研究の概要
 第1章では、数学的モデリングについて、三輪(1983)やBlum(1993)らの先行研究をも とに、数学的モデリングの定義、意義、実施上の問題点について考察した。そこでは、直 接的な困難点として、定式化段階の困難さを、間接的な困難点として、指導時間確保の困 難点、授業・試験内容を複雑にしてしまう困難点、教師の指導力不足の困難点、数学的モ デリング教材不足、評価方法の未開発さ、題材の現実性の希薄さ、再モデリングの欠如を 確認した。
 さらにそれらの問題点の克服という視点から、中学校における実践的な先行研究に見られ る工夫について考察した。その考察を通し、それらの工夫にもかかわらず数学的モデリン グ実施上の困難点は十分に克服できたとは言い切れず、幾つかの問題点を残していること を述べた。
 第2章では、それらの残された問題点の解消を図るためにグラフ電卓の利用について考 察した。グラフ電卓の利用により、定式化の1つの表現であるグラフ化が容易になること から、Blumの数学的モデリング過程での現実場面から現実的モデルや数学的モデルを生成 する段階等でグラフ電卓利用の可能性の示唆を得た。
 また、グラフに関する史的な考察からも、今日のグラフ電卓の利用できる状況の中で、 新宮や小倉・佐藤が強調したグラフの意義や理想は、具体的に実現しうる感触を得た。
 そのような考察のもと、リレーの問題等を題材に、数学的モデリングにグラフ電卓の利 用を図る手法を試みた。それらの筆者の試行から、題材の現実性を保持しつつ過度な教師 の介入を施さない授業展開が可能であることが分かった。しかし、それらの試行では、グ ラフ電卓の利用の可能性についての言及にとどまり、数学的モデリングの過程における生 徒の活動の様子を詳細に分析・考察するまでに至らなかった。また意思決定の観点からも 、生徒は単にグラフ電卓の数値を読み取って答えているのでなく、得られた数学的な知識 や情報をもとに生徒自身の問題として本当に意思決定をしているのか、数学的モデリング 過程における生徒の取り組みを詳細に調べる必要があると考えた。
 第3章では、そうした遣り残した課題に応えるべく、グラフ電卓が自由に使える状態の中 で、生徒がどのような活動を数学的モデリング過程で示すのか、リレー問題やカウンター 問題等を題材に調査を実施した。実際に13時間にわたる授業を行ない、生徒の活動の様 子をテープレコーダおよびビデオカメラで記録し、リレーの問題に関わる5時間分につい てはプロトコルを作成し分析・考察した。その結果、次のような知見を得た。

(1)グラフ電卓の利用可能な状況における生徒の活動の特徴について

  1. 現実場面から現実的モデルへの段階で、生徒のグラフ電卓の利用経験を反映し、要因の 選択や取り扱いが変容しうる。
  2. 現実的モデルから数学的モデルへの段階では、無批判的なグラフ電卓利用ではない、実 用性と厳密性の2つの観点からのせめぎあいによる自主的な生徒の活動が生じうる。
  3. 数学的モデルから数学的結果への段階では、新しい情報処理の仕方として、グラフ電卓 によってグラフの概形を捉えつつ視覚的な情報処理活動をしうる。
  4. 数学的結果から現実場面や走順を要因とした再モデリング活動では、直接的にグラフ電 卓の利用は見られなかったが、グラフ電卓利用から離れた状況においても、数学的活動を しうる。
(2)数学的モデリング指導上の困難点の解消について
  1. 生徒のグラフ電卓機能の利用経験を反映し、「自分自身の扱える要因を選ぶ」という視点 が強化され、要因の選択や取り扱い方が広がりうることと共に、グラフ電卓の回帰モデル 機能等の利用により、グラフ化という1つの定式化が容易に図れ、定式化の困難さが解消 されうる。
  2. 一方、定式化以外の困難点の解消として、グラフ電卓の機能による新しい解決アプロー チによって、数学的モデリングの授業内容を困難にしてしまうという困難点を解消しうる 。それに伴って、今まで授業で取り上げることが困難であった題材の教材化が図られ、数 学的モデリングの教材不足という困難点が少なからず解消されうる。またグラフ電卓の利 便性により、時間的ゆとりを生み出すことから、指導時間確保の困難点解消に関しても寄 与しうる。
 以上の知見から、次のような数学的モデリング指導への示唆を得た。
 グラフ電卓の利用を図った数学的モデリングの過程で、生徒は無批判的にグラフ電卓を利 用するのでなく、彼らの数学的な知識や考え方を駆使した情報処理を十分に行ないうる。 言い換えれば、数学的モデリングにグラフ電卓の利用を図る手法においては、生徒の意思 決定する余地は残り、どのようにグラフ電卓を道具として利用するかが重要な視点となる 。
今後の課題としては、数学的モデリング過程における生徒の活動をより深く考察するため 、数学的モデリングの評価に関する研究を進める必要がある。

指導 布川和彦


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