乗法構造の理解を促す小数のかけ算の授業の研究
−RME理論におけるモデルの発展を手がかりとして−

徳留 信登


1.研究の動機と目的
 小学校高学年の「小数・分数の乗除」「割合」「速さ」「比」等は,乗法構造を含む学習であり,一般的に理解が困難とされている.この課題に対し,系統性を重視したり,数直線を用いたりする研究(佐藤,2007; 榎園, 1983)が行われているが,解消には至っていない.これは教師が有効と考える授業や表象が,児童にとって必ずしもそうではないことを示していると考えられる.

 高橋(2000)は,RME理論を手がかりに,児童の主体性を重視した「小数のかけ算」の研究を行っている.児童が主体的に学ぶ中で,数直線やそこに内在する乗法構造の理解を促すことができれば,その後の学習で有効に働くことが期待できると考えたものである.しかし,高橋は筆算の手続きを獲得する過程については明らかにしていない.この過程においても児童の主体性が生かされれば,さらに主体性を高めることにつながると考えられる

 そこで本研究は,「小数のかけ算」において RME理論を手がかりに,乗法構造の理解を促す授業を構想し,児童が主体的に筆算の手続きを獲得する過程を明らかにしていく.そして,実験授業の学習過程から,提案した授業を考察し,改善に向けた示唆を得ることを目的とする.

2.研究の概要
 第1章では,乗法構造の理解を促す上で,その一部である比例的推論の発達が重要であること,さらに,乗法構造の表象として数直線が有効であることを示した.

 乗法構造については,同じ測度空間の比(変化の関係)と異なる測度空間の比(対応の関係)が主要な構造の一つであることが明らかとなった(柏木, 2011; 渡会, 2012).また,「対応の関係」に比べ「変化の関係」が児童にとって捉えやすいこと(日野, 1997)や,児童が豊かに「変化の関係」を捉えられることは「対応の関係」を理解する素地になるという知見も得られた(土屋, 2002).ここから,乗法構造の理解を促すためには,児童が変化の関係を捉え,豊かに使用できるという比例的推論を発達させる必要があることが明らかとなった.

 また,小数の乗法において数直線を表象として比例関係を捉えさせていくことが有効であることも明らかとなった(榎園, 1983; 白井, 1997; 中村, 1996; 馬場, 2005).そして,「比例関係の気づきと比例的推論の発達」が本研究の視点の一つであることを示した.

 第2章では, RME理論にかかわる先行研究(Gravemeijer, 1997; Van den Heuvel-Panhuizen, 2003)からモデルの自己発展とそれを支える課題の系列の重要性について述べた.また,それぞれの先行研究で取り上げられている課題を整理・考察し,RME理論をもとにした授業の構成要素を明らかにした.そして,「モデルの役割」が本研究の視点の一つになることを示し,本実験授業の構想について述べた.

 第3章では,実験授業の目的,方法,概要を示した.調査はN県公立小学校5年生22名を対象とした.対象データは「小数のかけ算」の単元で(整数)×(小数)の筆算の手続きを獲得するまでの8時間とした.学級全体と抽出児3名(布, 中, 石: 仮名)の学習過程をビデオ,ICレコーダーで記録し,プロトコルを作成した.さらに,分析する抽出児の学習を理解する背景を提供するために,授業の実際として,1時間ごとの課題と学級全体の学習の概要を示した.

 学級全体として,児童は課題の系列を通して比例関係に気付き,比例的推論を発達させていった.最後の課題では,「0.1当たりのいくつ分」「5倍して,÷5する」「10倍して,÷10する」といった多様な考えで解決した.また,それを受けて,児童のみで「0.1当たりのいくつか分」「10倍して,÷10する」の2つの考えから筆算化し,さらに,自分たちにとってより使いやすい筆算の手続きを選択していった.児童の主体性を尊重して筆算化の手続きを獲得することができたと考えられる.

 第4章では,抽出児の学習過程を1,2章で見出された2つの視点をもとに分析・考察した.その結果,以下4点が明らかとなった.

 1点目は,児童の柔軟な比例関係や数直線の使用がなされたことである.例えば,石が課題Gで数直線を用いて「一方が÷〇なら,もう一方は○倍になる」という考えや,この時点で未習である(整数)×(小数)の式が立つことを証明するために数直線を用いたことは,一般的な授業ではあまり見られない姿であった.

 2点目は,多様な考えを生み出すことにつながったことである.課題I「2.4mの代金」を求める際に,中は,小数値の数対を整数値に直すために,5倍し,その後÷5して求めるという考えを生み出している.このような発想は一般的な授業ではあまり見られないものであった.

 3点目は,比例関係を捉えられない児童は,「一方の量だけの(感覚的な)倍」で課題を解決していく傾向がある.そして,それは整数倍の方略が使用できない問題に直面した際に浮き彫りとなり,その後,方略が加法に変わったり,モデルがより状況に依存したものへと変容したりすることが明らかとなった.

 4点目は,問題の状況を比例関係として捉えている児童とそうでない児童の判断基準として,数直線をかき表す際の「矢印」「倍」をかく順番が手がかりとなることが明らかとなった.比例関係を捉えている児童は,先に既知の2数に着目し,「矢印」「倍」をかき入れ,その後,既知数と未知数間を同様に結んでいく.それに対し,捉えていない児童は,まず既知数と未知数間に「矢印」「倍」を書き入れ,その後,既知の2数間にかき込みを行う傾向が見られた.

 終章では,「小数のわり算」での児童の様子についても簡単に考察した.児童は2Lと1.5Lのジュースの値段を比べる問題に対し,0.1Lや0.5Lの代金で比べられることを主張した.また,1L分の代金を求める際は,半数以上の児童が比例関係を用いたり,自主的に数直線をかいたりして解決しており,学習の効果がうかがえた.

3.今後の課題
 本研究の目的は高学年の導入時期に乗法構造の理解を促し,その後の学習で児童が主体的に学ぶための素地を養うことであった.しかし,乗法構造を含む学習は,学年を超える長期の学習である.その後の「割合」「比」といった単元で,本研究での学びを足掛かりとし,さらなる知識を獲得する過程を研究する必要があると考えられる.

指導 布川 和彦


修 士論文タイトルに戻る