グラフと事象のつながりを利用した関数の学習に関する研究

−中学校2年「一次関数」の実践を通して−



上田 貴之


1.研究の動機と目的
 数学の学習において関数の学習は重要であると従前から主張されている。しかし、一般的に関数の単元は生徒にとって理解しにくいとされ、全国学力調査などでは他領域よりも正答率が低いという調査結果が出ている。中学生の中には関数の学習に対して「関数の学習は訳が分からない」「何をしているのか分からない」といった感情を抱いて学習している生徒も少なくない。

 そのような現状の一因として、式・表・グラフの表現形式とその相互の移行に学習内容が強調されていることが挙げられる。このような現状に対して、生徒が考察の根拠をもちながら関数の学習内容を理解していくには現状と違うアプローチが必要であると考えられる。

 そこで本研究では、事象とグラフに注目し、生徒が関数の学習内容を納得して理解していくためには、事象とグラフの結びつきを利用したアプローチが有効である可能性を示すことを目的とした。

2.研究の概要
 第1章では、関数学習における先行研究を概観し、数学教育において関数教育が重要であることや、中学校段階において問題となっている点について示した。高橋(2002), 磯田(1990)らの研究から中学校の関数指導ではもっと事象と結びつけた学習が必要という示唆を得た。

 第2章では、関数学習におけるグラフの役割と重要性について述べ、グラフと事象のつながりを促す関数学習の必要性を示した。久保(2000)らの研究から、学年が上がってもグラフと現実事象の結びつきを図る関数学習を行う必要があることが示唆された。そしてPISAの調査などから、中学生におけるグラフと事象を結びつける力の現状を概観した。

 第3章では、実験授業の構想や目的、方法を示し、実際に実施した授業の概要を示した。実験授業はN県公立中学校2学年1クラスに対して全12時間の授業を行った。そして学級全体と抽出児の学習過程をビデオで記録し、それを基にプロトコルを作成した。授業は、グラフと事象のつながりを促す学習を単元最初の導入において計画した。その学習で得られた一次関数の特徴を根拠として、学習者がその後の学習を進めていくように単元を構想した。また、単元前半ではできるだけ同じ文脈の課題を扱い、その後徐々に違う文脈や文脈となる背後の事象が特定されていない課題へと広げるようにした。

 第4章では抽出生徒シローを中心とした、実験授業における学習過程の概要を示した。その際、グラフと事象の結びつきやその結びつきが関数学習に及ぼす影響に焦点をあてて、シローの学習過程を示した。

 第5章では、第4章で示した学習過程について、グラフや事象の果たした役割を中心に分析し、考察を加えた。

 シローの学習過程を分析すると、シローは自らの考察の根拠をもちながら課題を解決し、一次関数の学習を理解していく様子が見られた。

 グラフと事象のつながりを促す内容を単元の導入として学習したことは、一次関数の特徴を自ら構成することに有効であった。シローが考察の根拠として一貫させていたことは、変化が一定という一次関数の特徴であった。この根拠を一次関数の特徴としてシローが構成していった要因として2つの点を指摘した。1つはグラフを動的に見ることで背後の事象の運動を再現させることができたことであり、もう一つは、曲線との対比によって直線の変化の特徴を全体的に捉えていたことである。

 また、グラフによって一次関数の特徴を構成できていれば、式による解決方法も納得しながら考察していくことが可能となることを示した。当初は手探り状態で行っていた式による解決方法を、シローはグラフと事象の考察で得られた特徴を根拠として、式による解決方法を自ら納得できる解決方法となるように検証し、修正していった。グラフや事象の結びつきを強めていたことで、式による解決方法の手順や手続きを覚えようするのではなく、意味の伴った解決方法を自ら考察するようになったことを指摘した。

 単元の学習が進み、背後の事象の文脈が変わった時や事象が特定できない課題に取り組んだ時でも、グラフや事象のつながりが促されていれば、必要となるときはグラフや事象に戻って考察することが可能であることを示した。シローは事象に依存しない計算による解決方法を指向するようになっても、他生徒のアドバイスや計算での解決が困難な時にはグラフや事象を意識した考察に戻って考えていた。このことは、導入からグラフと事象を考察してきた影響とみられ、式とグラフを相互に補完しながら有意味な学習を進めている姿であることを指摘した。

 このように抽出児シローは、何をしているのか分からない感覚をもつのではなく、自分なりの根拠をもちながら一次関数の学習を進めていた。以上のことから、一次関数の学習において従来の式中心の単元構成ではなく、グラフや事象の考察から導入して単元を構成することは、学習者にとって有意味な学習を進めることができる可能性があることが明らかとなった。

3.今後の課題
 本研究で得られた示唆は一次関数の単元におけるものである。他の関数単元での事象とグラフの役割や効果について検証することが今後の課題である。

 また、一人の抽出児の学習過程を分析した研究であることから、複数のケースを分析し、単元の構想を一層精査していくような研究が必要であると考えられる。

4.主な参考文献

指導 布川和彦
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